やれやれ
ジンクスじゃないんだが、年の暮れになるとお約束事のように普段使っている物が壊れる。帆掛け船の水漏れもまだ解決していないのに、今週、最初に壊れたのは瞬間湯沸かし器だ。点火してものの十秒程で火が消えてしまう。だからお湯が出てくれない。修理店も年末休み直前で、来年にして下さい。どうせなら月の初めに壊れりゃいいのに。まあ、洗い物は水で我慢だ。
その次は、私の足であるバイク。
ヘッドライトが点灯しない。多分、球切れだろう。バイクショップに相談したら、電球だけで三千円近く。交換工賃を入れると五千円を超えるという。冗談じゃない。たかが電球の交換じゃないか。自分でやることにした。
自慢にも成りはしないが、マイカーを新車から乗り回したのは独身時代だけ。クルマと縁を切る数年前までは、下取りに出しても値が付かない。良かったら乗る?。そんなお下がりで頂いたクルマや、自動車税程度の額で引き取ったり、そんなクルマだが充分私の役に立ってくれたので、改めてクルマを買うことがなかった。その代わり、知恵と工夫がないとマトモに走らせられない。おバカなエピソードには事欠かない。
私が経験したクルマやバイクの不具合では、機械が物理的に壊れた事例は割と少ない。殆どの場合、電気、電子部品の機能不全が原因だ。外見に現れない。だから原因を特定するのが一苦労だ。増して最近の電気部品は、其れ自体がブラックボックスになっていて、機能不全になったら即、交換を強いられる。それをアナログ的に直そうと言うんだから、プロは面倒がって相手にしてはくれない。
で、バイクの電球交換なんだが、メーカー指定の純正部品は高価だ。今までの経験から想定していた電球とは違うらしい。性能が保証できない。
どうあっても純正品を買う以外にないと言いたいらしい。ところが、それを良しとしない人は結構居るもので、インターネットで検索すると、同じような事例と修理経験が紹介されている。それをチェックするとカーアクセサリーを扱う店で汎用品が売られている。それが使えるそうだ。何だ、純正品の半額以下で済むじゃないか。
それでハッピーエンドと思ったら、どっこい、この先が大変だった。昔のバイクは全てが剥き出しだから、交換は難しい作業じゃない。ところが最近のバイクはカバーで覆ってある。カバーが邪魔で、部品を外せない。指先が届かない。
どうやってカバーを外すのだろうか?。特殊な工具を必要とする場合もある。
結局、知恵の輪を解く様な、まる一日仕事になってしまった。手に切り傷も3ヶ所。
それが一昨日のこと。今朝、出掛けようとしたら、今度はエンジンが起動しない。過去の経験から、バッテリーに問題ありとみているんだが。
それはですね。。。コンデンサーかレギュレーターに問題の可能性が。。。
バイク屋の若い兄ちゃんはまた難しい事を並べる。いろいろ弄ったあげく、私の見立てと同じ結論に行き着いた。バッテリーが駄目ですね。交換しないと。
幾ら。バイク用はクルマ程、数がでないんで結構するんで。。。だから幾ら?。 3万。またインターネットで検索。台湾製は半額だ。
マニュアルには充電方法がちゃんと記載されている。再充電できないの?。 これは密閉タイプで充電はしない。。。。うちじゃできないんで。
なら仕方ない。さよなら。
諦めるものか。でも年の瀬だからなあ〜。しかたない。当分、自転車だ。
* 結局、1個百円のヒューズでエンジンは息を吹き返した。根治ではないが。


残った一鉢は、まだ赤見が薄いから残したのだろう。何とも素早い所業だ。
続いてやってきたのは、数羽の





キリスト教の洗礼を受けクリスチャンに名を連ねた人々が、旧約聖書で伝えられるモーゼの十戒を自らの生活の規範とすべきことは、ある意味、理解されやすいのだが、もう一方で、自らの信仰を告白する義務をも負う。

国民の数パーセントにも満たないクリスチャンのイベントを理由に、国中がドンチャン騒ぎで過ごした昭和の中頃に比べれば、クリスマスを口実にバカ騒ぎするような光景は、私の周囲で見掛ける事は滅きり少なくなった。





















このブログでは、丹後の節句につくる柏餅だが、
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