2023年12月21日 (木)

ココ亡き後

 ココが旅立っつて早一年が経ちました。この間、家族皆が寂しい想いで過ごしていたのです。何度か、ココの無き穴を埋めようと、ペットショップのガラス窓を覗き込むようなこともしました。けれど縁の無い時はどうにもなりません。

 ところが奇跡でしょうか、ココの導きでしょうか。県内に子供達を連れてドライブに出たケンニャン、とある街で見かけたペットショップに引き込まれるように入ると、なんとそこにココそっくりの、けれどまだ子犬のコーギーがおりました。

 「もし。この子を買ってくれるなら、特別の値引きも・・」そんな店員の口車に載せられて。いや載ってしまったんでしょうね。その翌週には、一度は処分したゲージや飼育道具を再び買い集めることに。

 その子犬はメス。チャコと名付けました。

 それだけならば、改めて話題にする程ではないのですが、その翌週のことです。ケンニャンの元教え子からのメッセージ。「先生、引き取り手のいないコーギーを、お願い!」。

 なんでも、閉店するペットショップで売れ残ってしまったコーギーがいるそうで、ケンニャン、二つ返事で引き取ることを決めたんです。

 その子犬はオス。チャコと同月齢のオスで、名前をカイと名付けました。

 そんなことで、今は二頭のコーギーの世話に追われています。

   親爺さんでした。

 

 

2022年9月15日 (木)

ココ、さようなら

 ココ、さようなら。安らかに。

 きっと午前10時ごろ、ココは臨終を迎えたのでしょう。私が触れた時は未だ身体に温もりが残っていましたが、既に目を閉じて、再び私を見返してはくれそうにありませんでした。昨夜は星空の下で夜を過ごしたココ。明け方から庭の柵に沿って外を眺めるように一巡して、そして庭の入り口に達した頃、力尽きた様子でした。穏やかに逝きました。

 予想を超えたにわかな逝きかたです。もう少しで12歳になるところでした。

 毎日、私の散歩に付き合ってくれたココ。家族が出払った後、私に寄り添ってくれたココ。伴侶を失ったようで、明日からどうすればよいか。夜、ココの死を知ったケンニャン、マユちゃんも悲しみを抑えて、平静を装っています。私同様、ココを愛していたのでしょう。

 このブログも語り部のココを失い、悲しくて、もう維持する気力がなくなりました。バックアップを終えたら、静かに消えることにします。みなさん、長い間ありがとうございました。さようなら。

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 ココ さようなら。 

2022年9月11日 (日)

手遅れ

 ご無沙汰です。街はあいも変わらずコロナがはびこって、我が家も家人が発熱すれば大事をとって家に篭っています。

 処でアタシですが、夏頃から体調が優れぬ日々を送っていましたが、ついに堪りかねて家族に病院へ連れていってもらいました。病院へ行けば体調が回復することは、経験的に知っていたので機嫌よくケンニャン、マユちゃんと車に乗り込んだのです。

 獣医の診察所見は残酷なものでした。「この状態でよく歩けるものだと」。

 そう言われたってねえ。多臓器不全の状態で手のほどこしようがないのだとか。

 その話が耳に入ったアタシは腰がヘナヘナと。もうそれ以上は聞きたくなくて診察室を後にしたアタシです。

 

 帰宅してケンニャン、マユちゃんに親爺さんが話し合っていました。回復が無理でも生きている限り、より良い生活を求めるそうです。早速処方された薬をくれましたが、そんなものを飲んだことのないアタシです。それに食欲もありません。

 そんなアタシに親爺さん、もうペットロス状態です。それでもケンニャン達は、何とかアタシが食べる気になるような食物を探してくれそうで、まずは今夕の為に甘い蜂蜜匂のカステラを鼻先に置いてくれました。これならなんとか口にできそうです。

 急に先が無くなったアタシですが、親爺さん、いつもより哀しげな視線を向けるのです。

 

2022年8月10日 (水)

近況

 コロナの第七波に街は耐え忍んでいる昨今だよ。ここ銚子でも毎日平均して50名前後の新規感染者が、市役所の防災放送で知らされているんだ。

 ただひと昔のような受け止め方は影を潜めたね。一つには世間で語られる症状の軽減が、まるでインフルエンザ感染並みに扱われてね。なにより感染者が病院に収容されることがなく、ただ市役所が公表する感染者数にカウントされるだけの立場なんだね。 自宅で息を潜めて熱が引くのを待つしかない現状だからね。熱が高くなったからと言って病院に行ってもしかたないんだね。

 それゆえに、自宅にこもっている隠れ感染者が市役所の公表する数倍はいるはずだよ。実は我が家もその類なんだ。先週、三歳児のアキちゃんが発熱してね。けれど本人はいたって元気。熱が出れば無条件に保育所登園はしないルールだからね。

 医者に行かずに自宅療養をきめたから、彼がコロナ感染者かどうかはわからない。仮にそうなら自宅でアキちゃんの面倒を見ている親爺さん、彼と枕を並べている母親のマユちゃんは濃厚接触者になるよね。いや、家族全員がそうだろうね。

 そしたらマユちゃんが発熱でね。後の家族は異常なし。で先週来、家族全員は父親のケンニャンっを除いて、家に篭っている訳なんだ。幸い今朝は全員平熱。けれど大事をとってマユちゃんは自宅療養するとさ。

 アタシとしては、子供達が昼間家にいないことが、何よりうれしいよ。とにかく賑やかなんだ、彼らは。

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2022年1月24日 (月)

手仕舞いしたヨットライフ

 早いもので、もう一月もあと一週間を残すだけ。

 親爺さん、ここ数日は千葉港の船溜りに係留中のヨットから、親爺さんの40年近いヨットライフで運び込んだ、そしてゴミと化した品々を運び出してね。それらを銚子に持ち帰って、今日は朝からクリーンセンターに運んで行ったよ。

 親爺さんの終活の課題の一つであったヨットについて、今では水に浮いてはいるけれど、言葉通りの”塩漬け”状態でね。エンジンも何もかもが本当に塩にまみれて不動状態なんだとさ。そうなる発端は、親爺さんが単身赴任の職を選んで千葉市を離れた十数年前にあるんだ。それまでは毎日のように千葉港の愛艇に通って、その船室を自分の隠れ家にするほどでね。船内外はどこもピカピカ。動かすものはスムーズに。動いてならないものはしっかり固定されていたそうでね。

 それこそ1日東京湾を帆走らせては2日間整備にあたる、そんなヨットライフだったそうでね。

 そう、当初は引退者の再挑戦ぐらいに考えての職として、だから毎週千葉に帰宅した折に艇の面倒をみればなんとかなる。そう思っていた親爺さん、しかし仕事は施設の責任者。月に一度の帰宅もままならなくてね。そうこうするある日、あの3.11大地震が起こったんだ。親爺さんが千葉港の愛艇を訪ねられたのは1ヶ月も後になったそうでね。その親爺さんが目にした光景は、地震により近くの製油所から漏れ出したオイルが海面を漂い、船溜りを真っ黒なオイル溜まりに変えてしまったんだとさ。同じ時、アタシは千葉港の一隅にあるモールのペットショップで、地震のトラウマを抱えてケンニャン一家に引き取られる日を待っていたんだ。

 とにかく船体もロープもなにもかもが真っ黒なオイルに塗れてヌルヌルした状態で、親爺さんは手をこまねくばかりだったとさ。それからほどなくして職を辞した親爺さん、けれどその時家族は千葉市を引き払って銚子に越してしまっていたからね。家族と再開した後も、千葉港へ通うことはままならずで。

 そんな悲劇から十数年、親爺さんの愛艇に対する情熱は冷めることなく続いてはいたけれど、気がつけばエンジンの内部が潮ッ気で錆びついて・・・。もうダメ。そう親爺さんが悟ったのは数年前でね。

 昨年夏、生活費からコツコツ貯めて必要な資金ができた親爺さん、愛艇の解体を請け負う先を探し始めてね。それにもいろいろあったのだけれど、昨年暮れにようやく話がまとまり、で、ここ数日の動きに繋がるんだ。

 なんだか長々と愚痴っぽい話をしたけれど、親爺さんの終活の課題だったんだ。

2022年1月 1日 (土)

2022年 ご挨拶

  2022年 新年 あけましておめでとうございます。

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 アタシことコーギー犬 ココ、そして親爺さんから新年のご挨拶を申し上げます。今日でアタシは満11歳になりました。アタシと親爺さん、同じ誕生日 。だから親爺さんも歳を重ねて満78歳になりました。この命を与えてくださった神様と、今日の日を迎えさせてくださった世間の皆様と家族に、心よりの感謝をいたしております。

 今年こそコロナを乗り越え、皆様にとってより良い年になりますように。

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2021年12月30日 (木)

伊達巻

 「食べようよ〜」ってマイちゃんが。こりゃ新年を迎える前に食べ尽くしてしまいそうだよ。

 数日前からアタシの犬仲間で故クマ姉さんの飼い主だった元漁師の魚屋のオヤジさん。今日のその店はご近所さんが店先に群がって大混雑さ。皆のお目当は伊達巻。それに加えて刺身類を、それも事細かく注文するし、近所のよしみでそのままお喋りを始めちゃうからね。そんな混雑をかいくぐって親爺さん、伊達巻を二巻きゲットしてきたよ。

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 この街に越してくる前、千葉市民であった頃、伊達巻なんて、 母さんが正月料理のメニューとしてSOGOデパートで買ってきたけれど、キメの細かい卵焼きのロールだったからね、あまり意識していなかったとさ。 けれど銚子に越してきて以来、伊達巻は正月の主役級の扱いなんだ。いったいどうして?。どうして正月に伊達巻なんだ?。親爺さん、「そんなこと聞くな」とさ。親爺さんもよく知らないんだよ、きっと。

 とにかく母さんが、誰に聞いたか知らないけれど、SOGOデパートならぬ銚子市内のホテル製のね、伊達巻を買ってきたのが始まりでね。驚いたのはロール状の卵焼きと異なり、そう最近もっぱらお買ってくる魚屋のオヤジさん製は、さながらロールになった甘い卵プリンな感じだよ。ご飯のオカズというより、お茶や焼き餅と一緒に食べたほうが雰囲気が合うね。

 当然と言うべきか、市内ではこの時期どこででも手に入るけれど、その出来具合は微妙に異なるよ。母さんが最初に手に入れたホテル厨房製はね、卵焼きとしては甘過ぎて、まるでプリン菓子の味わいだったよ。値段も結構なものでね。近年、親爺さんが魚屋のオヤジさんから買ってくるものは、値段もリーズナブルでね。

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 最初は物珍しさで。けれど最近は正月には無いと寂しい感じがするよ。何?、犬のお前が言うかって?。アタシだってお相伴にあずかるんだからね。

 まあそろそろ年の暮れ。あとは明日1日を残すだけになったね。今年はコロナコロナで終始したけれど、来年こそなんとかしたいよね。

2021年12月24日 (金)

クリスマス イブ

 今朝は久しぶりに、利根川の川面で操業するシラスウナギ漁船が数隻、ギラギラと集魚灯を灯しているのに気づいたよ。6時頃で未だ日の出前だったからね。未だ水鳥達の姿は然程多くはないよ。

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 先週以来、我が家はアタシも含めて順番のように腹痛に見舞われてね。日曜日には6歳児のコーチャンが呻きながら床を転がり回る始末でね。父親のケンニャンが慌てて地域の中核病院の休日診療窓口に連れて行ったんだ。胃腸炎だってね。今、学校や保育園で流行っているそうでね。するとケンニャン、マユちゃんまでもが胃の不調でクリニックへ駆け込んだとさ。昨夜は二歳児のアキちゃんが寝床でゲロってね。アタシはウンコが出るような出ないような。夜、アタシが寝た跡のカーペットにウンコが垂れているとかで、皆が大迷惑しているってね、アタシに邪険にするんだよ。親爺さんが黙って黙々と後始末してくれているんだ。今の処、不調を口にしていないのは親爺さんだけだよ。

 その親爺さん、今夜はコーチャンが通った保育園に併設されている教会のキャンドルサービスに出席するため、夕食もそこそこに出かけたよ。昨年も参加した筈だけれどね。卓に火を灯したろうそくを置いて、祈りと共によく知られたクリスマスの賛美歌を歌うんだとさ。東の空に聖なる赤子が誕生した、それを示す星が光る。そんなクリスマスを証しするように、今の季節の夜空はなんとも言えぬ清々しさがあるよね。アタシは昨夜は窓越しに星空を見上げて寝ていたんだけれど、最近は親爺さん、以前ほどにはアタシと星空を眺めることが減ってね。目の不具合の所為なんだろうね。この週末には寒波がくるとかでね。北西からの季節風が強まれば、星空がよりクリアに見えるはずだから、明日のクリスマスには親爺さんを誘ってみようと思っているんだ。

 親爺さん、クリスマスイブになるといつも懐かしむ思いでがあるそうでね。若いころは仲間と集まって、世田谷の街角でクリスマスソングや賛美歌を歌って歩いたそうでね。夜も更けたころ、仲間の家に落ち着いて、皆で買い集めた菓子類でクリスマスを祝ったそうなんだ。今はその当時の仲間とは音信も途絶えたとさ。どうあれ今じゃ皆、老いさらばえた爺婆な筈だから、遇いたくはないそうだよ。けれど、そんな記憶が懐かしくなるって、親爺さんも年老いたからだね。今夜もそんな思い出を懐かしみながら、教会で賛美歌を歌ったそうだよ。

 

2021年12月18日 (土)

冬晴れ

 12月も半ばを過ぎて、あとは暮れの恒例の行事を淡々とこなすだけになったね。恒例の行事といっても、現役ならぬ親爺さんとアタシがやるべきことは、家の片付けや掃除ということなんだ。

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 ところで今日は朝から冬晴れの1日でね。もう今頃は冬と言ってもいいんだろうし、事実今朝は昨日の激しい雨でできた水溜りには、薄氷が張っていたよ。全身に毛皮を纏っているアタシにはなんてことはないけれど、西風が冷たく感じるんだろうね。親爺さんは毛糸の帽子にフードの付いた防寒ジャケットのいでたちでね。それに手袋なんて、ほぼ冬支度で散歩に出たんだ。仰ぎ見る空からは、ゴーゴーと風の唸りが聞こえていたからね。高い処では相当に強い西からの季節風が吹いていたんだろうね。正に今日は関東の冬空になったよ。

 さて、今月に入ってから銚子市からのコロナ感染者発表はないよ。いつも突然に鳴り出す防災放送がね、今まではアナログ受信機で受けていたんだけれど、今月からデジタル放送に切り替わるとかで、そのために受信機を買い直したんだ。既にデジタル放送でのお知らせ広報は開始されているから、その放送を追うように旧来のアナログ放送が鳴り出して、ザーザー雑音混じりのその音の聞き辛いこと。屋外の放送塔からの声も聞こえるので、同じ内容を数分間で3度も聞かされていたんだ。改めてデジタル音声の明瞭なこと。「今何言った?」なんて確認の必要がなくなったのは結構なことだよ。

 親爺さん、今週の初めに地域の中核病院で眼底出血の診断を受けて、その対症療法として眼球に注射された。その話は既にしたけれど、これと言って視覚異常が解消したような実感は未だないとさ。医者からも事前に「元には戻らないけれど、これ以上悪化しないためのリハビリとして・・・」。そう言い渡されていたから、怖ろしい思いをして、その割に改善の実感がないと失望するようなことはないとさ。けれど気持ちのなかで、”症状を放置しているわけじゃない。対処しているんだ”。そんな気持ちでいるそうだけれど、すると今まで気障りだった視覚異常が気にならなくなったそうでね。

Dsc_0470  来週、主治医が治療効果を観察するから来院するようにとね。そこで処置による医学的な評価が出て、今後の治療方針が決まるそうなんだ。でも親爺さん、気持ちが前向きになっているよ。

 今夜はほぼ満月。親爺さん、写真を撮っていたけれど、ピンボケにはならないで撮れていたよ。

2021年12月14日 (火)

目に針を

 今朝はこの冬初めて車のフロントウィンドウに氷が張って、出かけようとした親爺さん、大急ぎでバケツの水を窓にぶちまけたと。車内で親爺さんが乗り込むのを待っていた二人の孫達、突然飛んで来たバケツの水に驚きながらもおおはしゃぎさ。

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 今日は普段に比べて変則的でね。母親のマユちゃんが昨夜から腹痛を訴えて、今朝は死人状態でね。結果として二人の孫の送迎が危機に瀕したんだ。親爺さん、今朝は隣町の病院へ行かねばならなくて、時間を急いでいたのだけれど、しょうがないさ。車に二人の孫を乗せて出かけたよ。元々の計画では、コーチャンを学校に送り届けながらそのまま駅へ。目の治療時は瞳孔の拡張剤が点滴されるので、車の運転はタブーなんだ。だから電車を使って病院へ行くのだけれど、帰りは車を病院に置いたままにするつもりでね、とりあえず目前の課題のためにハンドルを握ったんだ。

 親爺さん、今日は眼球に注射されると聞いていたので、未知への恐怖だね。数日前から心落ちつかずでね。だから今朝は首筋が強張っているんだとさ。まあ、孫達をそれぞれの場所で降ろして病院に着いた親爺さん、同じ待合室に居合わせた患者や家族の声が頭の中で響きあうように感じて、人の名前が呼ばれる度にビクビクしていたとさ。でもやっぱりその時は来たんだとさ。「血圧を測りましょう。おや、これじゃあ注射はできませんね」。だから帰れと言われるかと思ったけれど、「近くで一息入れてもう一度」。

 病院の誰もいない廊下に出てなんども深呼吸したとさ。頭で診察室の光景を想像しないように、”何?、アタシのことを思い浮かべたって。いいじゃない」。でどうだった?。数十分後に血圧が下がってね、覚悟を決めて診察室に戻ったそうだよ。治療中のことは思い出したくないそうだよ。だからアタシも聞かなかったよ。

 なんでも今回の注射の効果は二、三ヶ月しか続かないそうでね。だから今後同じ治癒を繰り返すそうなんだ。それにしても、親爺さんが病院で支払う治療費や薬代、せいぜい毎回千円前後なんだとさ。ところが今日の注射代、一桁上で、慌てて病院内のATMへ飛んで行ったとさ。まあ、母さんの医療費はさらに一桁上なんだよ。とうとう親爺さん、保険の受益者になってしまったよ。

2021年12月 1日 (水)

失明するぞ!。

 昨夜の雨はすごかった。皆が出かける頃が最悪でね。コーチャンも雨合羽姿になって、親爺さんの車に載せられていたよ。けれど昼頃には青空も見えて、急速に天候は回復したから先ずはやれやれさ。

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 処で昨日今日、親爺さんは地域の中核病院の眼科にね、検査だとかで出かけて行ったよ。おかげでアタシは独り留守番を余儀なくされていたんだ。先月来、親爺さんは近所の眼科医院を受診していたんだけれどね、「紹介状を出しますから、病院で検査を・・・」と言われてね。どうも親爺さん、病院に縁ができてしまったようでね。数年前は病院と言っても、アタシの咬み傷の手当ぐらいでね。最近はそうじゃない。自身の加齢もあるだろうけれど、身から出た錆びがね。

 

 親爺さん、最近急速に視力が低下してね。左目は乱視に、右目は視覚異常が露見してね。なんでも、視野の中央が暗くなってしまうようでね。それで軽い気持ちで眼科の門を叩いたんだ。そして先月末、親爺さんが知らされたのは目の脳梗塞。つまり血管が詰まって、眼球内の毛細血管から出血しているという事実でね。「このまま放置すれば失明に・・」。仰天した親爺さん、その瞬間からもうまな板の鯉だとさ。

 そんな訳で地域の中核病院に飛んでったんだ。で、昨日今日と検査につぐ検査だとさ。右目に視覚異常があることは自覚しているそうだけれど、屋外で普通にみる限り不自由なかったから気にしていなかった。やや右目が曇ったようで鬱陶しい。ま、そんな感覚らしいね。

 今日までの検査結果から、今月の半ばには今後の治療方針が決められるそうだけれど、「元の状態に回復は無理。だからこれ以上悪化しないよう、つまりリハビリですね」とさ。ケンニャンの同僚も同じ診断を受けて、現在治療中だそうだけれど、その人の話によれば”眼球に注射・・”。想像するだけでも怖ろしい話さ。でもね、原因は親爺さんの持病によるものだそうだから、予想できたことでね、自業自得というもんだよ。

2021年11月26日 (金)

ニホンズイセン

 ニホンズイセンが咲いたよ。

 

 

 アタシんちの庭に、10年前に近所の道路予定地に野生化していたニホンズイセンを、親爺さんが掘ってきて、庭に植えたんだ。球根だから、埋めたというべきかな。とにかく以来、毎年今頃の時期になると、地味だけれど香りの良い白い小花を咲かせてね、真冬の二月過ぎまで、庭で唯一の花として存在感を示してくれているよ。

 最近は園芸植物も植えたから、唯一ではなくなったけれどね。3.11大地震の頃、親爺さんは茨城県内にある国営公園に単身赴任していたんだけれど、その公園はオランダ流の造園を導入して、大きく四つの”売り”があるそうでね。年が明けて最初の見せ場が、園内の松林内に植えられた数万株のスイセンなんだとさ。種類数では120種以上。その中にニホンズイセンも名を連ねているそうでね。

 ついでに言えば、スイセンのシーズンが終わり本格的な春になると、今度はチューリップが花爛漫の光景を演出するそうでね。それを追うように青い小花が織りなすネモフィラの絨毯。最後は秋の紅葉を思わせるコキアの紅葉とね。勿論この他にもいく種もの花修景が用意されているけれど、この四つが、その公園のメインの花景観なんだとさ。

 その公園で働いた影響でね、銚子に来て直ぐに取り掛かった庭づくりが、空き地に散見したニホンズイセンを拾い集めることなんだとさ。集めたスイセンの球根を、庭だけでなく、当時あった芝生広場にも植え込んだそうだけれど、そちらは地元の人達の草刈り作業で、情け容赦なく刈り取られて、今は一株もみられないとさ。地元の人達にとっては、黄色いヨーロッパスイセンならともかく、ニホンズイセンは雑草扱いなんだ。

 とにかく今日、庭のニホンズイセンが一輪、咲いたんだ。

 

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