やれやれ

  ジンクスじゃないんだが、年の暮れになるとお約束事のように普段使っている物が壊れる。帆掛け船の水漏れもまだ解決していないのに、今週、最初に壊れたのは瞬間湯沸かし器だ。点火してものの十秒程で火が消えてしまう。だからお湯が出てくれない。修理店も年末休み直前で、来年にして下さい。どうせなら月の初めに壊れりゃいいのに。まあ、洗い物は水で我慢だ。

    その次は、私の足であるバイク。
 ヘッドライトが点灯しない。多分、球切れだろう。バイクショップに相談したら、電球だけで三千円近く。交換工賃を入れると五千円を超えるという。冗談じゃない。たかが電球の交換じゃないか。自分でやることにした。
Dscf0004_4    自慢にも成りはしないが、マイカーを新車から乗り回したのは独身時代だけ。クルマと縁を切る数年前までは、下取りに出しても値が付かない。良かったら乗る?。そんなお下がりで頂いたクルマや、自動車税程度の額で引き取ったり、そんなクルマだが充分私の役に立ってくれたので、改めてクルマを買うことがなかった。その代わり、知恵と工夫がないとマトモに走らせられない。おバカなエピソードには事欠かない。

 私が経験したクルマやバイクの不具合では、機械が物理的に壊れた事例は割と少ない。殆どの場合、電気、電子部品の機能不全が原因だ。外見に現れない。だから原因を特定するのが一苦労だ。増して最近の電気部品は、其れ自体がブラックボックスになっていて、機能不全になったら即、交換を強いられる。それをアナログ的に直そうと言うんだから、プロは面倒がって相手にしてはくれない。
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で、バイクの電球交換なんだが、メーカー指定の純正部品は高価だ。今までの経験から想定していた電球とは違うらしい。性能が保証できない。
 
どうあっても純正品を買う以外にないと言いたいらしい。ところが、それを良しとしない人は結構居るもので、インターネットで検索すると、同じような事例と修理経験が紹介されている。それをチェックするとカーアクセサリーを扱う店で汎用品が売られている。それが使えるそうだ。何だ、純正品の半額以下で済むじゃないか。
 それでハッピーエンドと思ったら、どっこい、この先が大変だった。昔のバイクは全てが剥き出しだから、交換は難しい作業じゃない。ところが最近のバイクはカバーで覆ってある。カバーが邪魔で、部品を外せない。指先が届かない。
どうやってカバーを外すのだろうか?。特殊な工具を必要とする場合もある。
 結局、知恵の輪を解く様な、まる一日仕事になってしまった。手に切り傷も3ヶ所。 

 それが一昨日のこと。今朝、出掛けようとしたら、今度はエンジンが起動しない。過去の経験から、バッテリーに問題ありとみているんだが。
 
それはですね。。。コンデンサーかレギュレーターに問題の可能性が。。。
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 バイク屋の若い兄ちゃんはまた難しい事を並べる。いろいろ弄ったあげく、私の見立てと同じ結論に行き着いた。バッテリーが駄目ですね。交換しないと。
幾ら。バイク用はクルマ程、数がでないんで結構するんで。。。だから幾ら?。 3万。またインターネットで検索。台湾製は半額だ。

 マニュアルには充電方法がちゃんと記載されている。再充電できないの?。 これは密閉タイプで充電はしない。。。。うちじゃできないんで。
なら仕方ない。さよなら。
 諦めるものか。でも年の瀬だからなあ〜。しかたない。当分、自転車だ。

 * 結局、1個百円のヒューズでエンジンは息を吹き返した。根治ではないが。

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食べられてしまった。

  我が家は集合住宅の4階だ。北側のベランダに、若い蔓バラの鉢など数鉢置いてある。その内2鉢は、妻のお気に入りのマンリョウで、秋も深くなると紅く色づいた実を沢山つける。
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 実が熟して真紅になるにしたがって、息を詰めて毎日見守ることになる。今朝、見たら、その内のより紅く色づいた鉢が、きれいに実が無くなっていた。食べられてしまった。食べられて怒っているのではなく、誰?。いや、何の鳥が食べたのかを毎年知りたくて、そして今年も知らぬ内に食べられてしまった。

Dscf0001残った一鉢は、まだ赤見が薄いから残したのだろう。何とも素早い所業だ。

南側のベランダのガラス越しに、見上げる程に成長したケヤキがあって、家族のような親近感を持って毎日眺めていることは、このブログで度々、語っている処だが、今朝は野鳥の客が多い。

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最初の客はコゲラだ。枝や幹に取り憑いて、樹皮の剥がれた部分を突っついている。虫がいるんだろう。














Shijuukara0603051続いてやってきたのは、数羽のシジュウカラ
 頭と首周りに黒い模様があって、痕は白い。ペンギンのような色模様だが、今日の姿は、白の部分が薄い緑色をしている。
 違う鳥かとも思ったが、図書館で野鳥図鑑を借りて照合したら、やはりシジュウカラでいいようだ。 
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 お次ぎはお馴染み、ヒヨドリ。何時も、部屋の中を覗き込んでいる。其の後も、僅か30分くらいの間にスズメ、ハクセキレイ、キジバト、カラスと続々姿を見せた。
 年の暮れの挨拶に来たのかもねえ〜。 そうだね〜。

さて、マンリョウの実を盗み喰いしたのは、この中の誰だ?。

* 野鳥の画像はYahoo 野鳥図鑑 より

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12月某日

  今月の9日付けの拙ブログで紹介したのだけれど、近所に二軒の店が相次いでオープンした。両店ともに、主婦有志がエコをテーマに店づくりの企画と運営を担う。狙いは、主婦が寛げる場所づくり。そんな感じだ。
 先日、それぞれの店に客として入った。最初は、この店だ。
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ダイニングキッチン風の内装で、里山活動で手に入れた木の枝や木片でクラフトワークを設えた店だ。お昼を少し過ぎていたのだが、ランチを食べて見るつもりだった。今日のメニューはカレー。既に先客の御婦人達で満席にちかかったのだが、食べている人がいない。
 造ることに追われて、誰も客席を見ていないのよ、と妻。
 確かに。
 
ごめんなさい!。まだ御飯が炊けていなくて。 
じゃあ、又出直しましょう。皆一生懸命なのはよくわかる。アマチュアなんだから、最初はご愛嬌だ。
 
 次の店は、園芸店なのかダイニングキッチンなのか、外からは直ぐには分からない。入ってみた。直ぐ気付いたのだが、私が参画している
おゆみ野の森づくりで顔見知りの女性がいた。妻にランチの内容を説明してくれたが、野菜が素材のエコフードだ。折角だから、戴いてみよう。
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ダイニングは、企画も調理も彼女が独りで担っていて、園芸は別の女性が、それぞれ独自に営業していると言う。彼女の人柄を現しているような、優しい味付けだった。ダイニングの営業は不定期です。 成る程。

 妻との散歩だったから、あまり長居せず先に歩みを進めた。
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 やあ、元気?。今日はご主人との散歩は未だ?。いつも大人しいねえ。

 大型犬だが、よく出会う。

そのお隣の家は、いつも感心するのだが、フラワーアレンジメントのレベルがたかい。この主とは確か未だ、言葉を交わしたことは無かったはず。いや!あったかな?。

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鉢が幾つあるんだろうか?。
管理が大変だ。







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   庭の柵もないので、車道端に遠征しても恐れを知らぬ平気な顔の鶏達がいる。いつも立ち止まって暫く眺めているのだが、今回は、多分ボスだろう。
 威風堂々と近寄ってくると、背筋を延ばして
コケコッコ〜 。 鴇の声を張上げた。


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 穏やかな日だった。

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信仰告白

  

クリスマスだ。残念だが、イブの礼拝出席は叶わなかった。妻が気乗り薄だった。だから今日はその罪滅ぼしに信仰の告白をしようと思う。長文ご容赦。

344453722_8b96d38a2c キリスト教の洗礼を受けクリスチャンに名を連ねた人々が、旧約聖書で伝えられるモーゼの十戒を自らの生活の規範とすべきことは、ある意味、理解されやすいのだが、もう一方で、自らの信仰を告白する義務をも負う。

 キリスト教の最も重要なことは、聖書に記述された出来事を真実と信じる姿勢だ。聖書は知られているように、キリスト誕生を前後して、人の誕生から罪、キリスト誕生の予言までを伝える旧約聖書と、キリスト誕生以後を伝える新約聖書から成る。
 読めばわかるのだが、全編、その時代の人々の証言録であり、手紙による言い伝えだ。 人から人への伝聞録だから、それは仏教の教えを記した経文のような、唱える対象ではない。

 伝言ゲーム。列になって、一つのメッセージを人から人へ伝えてゆく。最後の人が受け止めたメッセージを聴くと、最初のメッセージの意図が様変わりしている。
 文字になっている聖書であっても、伝言ゲームと同様なことは起こりえる。

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例えば新約聖書の中にマタイ福音書という一節がある。そこに”あなたは地の塩”とキリストが説教の際、語られたと伝えられる一句がある。
 私は、クリスチャンの生き様として、料理に振りかけられる一振りの塩のように、この世に味をもたらす必要不可欠な存在であるような、そんな生き方を求められている。そのように解釈しているのだが、しかしだ。キリスト生誕の地は、死海が存在するように、塩だらけの土地だ。そこでは塩はありふれた存在だ。塩の中の塩のエリートと深読みするのか、地面の塩の中に混じり合って尖ることなくか?、いろいろ考えてしまう。
 このようにいろいろの読み解きが発生して、結果的に、世界の彼方此方で土俗風習とキリスト教が融合した、地元キリスト教が出来てしまう。日本も例外ではない。それどころか、人間はご都合主義な存在だから、聖書の個人的な理解一つ取っても自己流キリスト教になり得る。
 知らず知らずにそうなることのないよう、自らの信仰を公に告白して、道を誤ることなきようにする。クリスマスを過ごすことの重要な課題の一つだ。

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 私が教会に足を向けた切っ掛けがある。学生時代、親しい友人が、今は政党を支えるまでの団体力を誇る、さる宗教団体に入信した。その直後から、おそらくお友達お誘いプログラムでもあるのだろう。夜になると、数人の男女が私の所に訪ねて来るようになった。勧誘セールスのようだった。

 一月近く毎夜続いて、とうとう根負けして彼等の言うお寺なる所に連れて行かれた。広間に通され、周囲を20人近い老若男女に囲まれる様に、その中央に座らされると、幹部らしい数人が質問を始めた。最初は当たり障りない話題だが、やがて私の個人的な事に及び、直に周囲から質問が雨霰のように注いできた。
最初こそ質問に答えていたが、やがて、私の言葉を遮ったり、否定したり。それには私も怒りを爆発させた。皆は私の答えなんか、最初から聴くつもりはないようだ。

 どうやら自己否定を強いるプログラムのようで、当時、紛争最中の大学で、教授が全学連の活動家に囲まれ、公開裁判のように自己総括を強いられた。それと変わらない。結局、明け方まで続いた。その間、私は無意識の内に祈り続けて、批難や罵倒を耐え続けた。
 解放された後、私は誰に祈りを続けていたのか、自問自答した。そして祖母の通う教会へ足を向けた。
 私を迎え入れてくれた老牧師が目をほそめながら、大きくなったね〜。
幼い頃、疎開先で、この老牧師の教会の日曜学校に行ったことがあるらしいが、当時の記憶は何もない。 

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 胡散臭い話題だろうが、礼拝出席が途切れている鈍らクリスチャンの、クリスマスの信仰告白として読み流していただければ幸いだ。

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クリスマス(前夜)イブ

  明日はクリスマス。そして今夜はイブ

Dsc_0003  国民の数パーセントにも満たないクリスチャンのイベントを理由に、国中がドンチャン騒ぎで過ごした昭和の中頃に比べれば、クリスマスを口実にバカ騒ぎするような光景は、私の周囲で見掛ける事は滅きり少なくなった。

 自分の歳の数程イブの夜をおくったけれど、大抵は両親兄弟と一緒に、ささやかに食卓を囲んだ古き良き時代の思い出に尽きる。成人してからは独りだけの時もあったし、友人達とキャロリングで過ごしたこともある。

 クリスマスの話題だから、キリスト教会について少しばかり触れさせて戴こう。
12月25日の直前の日曜日には、クリスマスの礼拝がおこなわれる。クリスマスとイブ当日が平日にあたる場合も多いから、イブの夜に特別礼拝というのがある。

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 礼拝では牧師がキリスト誕生の意義を説教する。集った一同は、蝋燭を片手に静かに祈りの一時を過ごす。

 イブの夜ばかりは、その時に唱う賛美歌を歌いたくて、クリスチャンでなくとも、イブの礼拝に参加する人達も少なくない。勿論、誰も分け隔てなく会堂に招き入れられる。
 イブの礼拝を終えたあと、有志が十人程度のグループになってキャロリングをする。駅前広場や病院、夜も人の集る場所で、蝋燭を灯して、その灯りの元で賛美歌を謳う。清しこの夜や、諸人こぞりてなど、よく知られた曲だ。ジングルベルは謳わない。あれはハリウッド製だ。

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 独身時代の私は、千葉から毎週末バイクを駈って、世田谷にある教会に通っていた。だからキャロリングの巡回コースも、小田急線沿いの下北沢や経堂周辺が多かった。

 普段から練習している訳ではない、にわか仕立てのコーラスだから、下手だ。でも、雑踏の騒音にまぎれて分かりはしない。キャロリングは時に深夜に及ぶ年もあるが、終った後は、教会員が差し入れてくれた暖かい飲み物とお握りで飢えを満たす。そして夜も明ける頃、凍えて千葉に戻るが、そのまま職場へおはようございます。若いから出来たことだ。

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 今、私は西千葉駅前にある教会に籍を置いている。この教会には立派なパイプオルガンがあって、聖歌隊もある。この荘厳な音色に載せて唱われる賛美歌には、心を揺すられる思いがする。

 私は社会人になって間もなく、祖母の代から縁のあるキリスト教会で、妹と共にクリスマスに洗礼を受けた。私が洗礼を受けた当時の教会は、もっと小規模で保育園にあるようなオルガンしかなかった。
 千葉県庁の近くに、千葉教会がある。明治から続く大変由緒ある教会で、建物は有形文化財に指定されている。私の若い頃の思い出により近い。

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 以来、日曜は勿論、クリスマスイブにも教会へ行くことが、私にとって最もあるべき姿だと思っている。しかし現実は、私自身や家族の都合、何やかんやなどが理由で、ここ十数年は礼拝出席も途切れている。
 作家で故遠藤周作氏が著した沈黙という作品がある。その作品を知る人には、言わずとも。。。

  ともあれ、今夜は妻を誘ってイブの礼拝に参加しようと、密かに思いを巡らせているところだ。,

 

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千葉公園

  12月22日。冬至だ。一年で昼が最も短く、夜が長い日。カボチャを食べる日だけれど、夕食に出るだろうか?。そんな他愛のない事を考えながら自転車を駈って千葉公園へ出掛けた。久しぶり。
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Dsc_0010_2 公園の中央にある綿打池には、寒くなると色々な水鳥が集る。それが今回の目当てだ。最初に目に付いたのが、貸ボート桟橋のマスコットであるシラサギだ。
 職員に可愛がられて、すっかり人慣れしてしまった。しかし今は、貸ボートもオフシーズンで、相手をしてくれる職員もいない。一寸所在なげだが、カメラを向けたらボーズをとってくれた。
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 野鳥にあまり詳しくはない。カモだろうが、ジッと動かないので、置物に見える。
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  そんな中で唯一、この子は元気だ。
盛んにダイビングを繰り返している。
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 近頃は、スズメも見かけることが少なくなった。
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  カワウがけたたましく離陸した。その騒ぎに、千葉港から遠征して来たユリカモメも飛び立った。まったく動じないのは、この公園の御常連の親爺達だ。今は、日当りの良い蓮華亭のベンチに居座っている。少し話してみるか。
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個人情報

  正直に言うと、NPO活動に参加するに際して、その活動を定義している法律を読んだことはなかった。基本的な制度の内容は承知していたのだが。

 急に法律の条文を確認する気になったのは、朝日新聞電子版<千葉>の記事が切っ掛けだ。その記事は、県が認証しているNPO法人について、その役員の個人情報を含む法人登記された内容を、千葉県のホームページで公開している。それについて、その公開の程度に批判が寄せられている。そのような内容の記事だ。公開しているとは知らなかった。ホームページもそうだろうが、役所の担当部所を訪ねれば、知りたいNPO法人に関する殆ど全ての情報が閲覧できるとも知らなかった。 いや、悪い事はできないものだ。

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 近頃は、個人情報の扱いが殊の外やかましくなった。決して怪しい事でもなく、理由を説明できるし、こちらの身分も明かしていてすら、電話番号一つ教えてくれない窓口が多いなかで、よくまあ、ガラス張りの情報源があったものだと、関心してしまう。

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 以前、こんなことがあった。私が勤務していた施設に図書室があって、市民ならそこにある書籍を借りてゆくことができた。当然のこととして、借り主の住所、氏名を申し出て戴くことが必須だ。そこでクレームが出た。個人情報だから明かせない。それでは貸すに貸せない。押し問答だ。

 訳を聞くとこうだ。借りようとする書籍には図書カードが添付されていて、借りた人の名前と返すべき日付けが、貸し出し履歴として記載されている。

 もし誰かが、その書籍を手に取って図書カードを見たら、自分が借りたことが分かってしまう。だから言えない。 ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

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 確かに借り主の大半はご近所市民だから、名前だけで、あ!誰さんも借りたんだ。何てことには成るかもしれない。其れぐらいで支障はないじゃないか、とは思うが、しかし、それを口にしてはならない。

 生憎、この例では言ってしまった。個人情報の重みを知らぬ。公務員の風上にも置けぬと、猛烈な批難を浴びることになった。

まるで、自分の足跡を消して歩くような人もいるもんだ。だから、NPO法人についての個人情報の扱いで、県の大らかさには感心してしまう。

 NPOに関しては閲覧出来ると言うより、公開しなければならないと言う。

  とは言えこのブログを書いている時点では、私が参加しているNPOについて、その公開情報を検索して確認はしていないし、然程、公開されていたからといって、困った事態があったわけでもないが。

* 画像はWeb より

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落ち葉のプール

  海岸沿いの市街地では強い南西風が吹いているけれど、私が参画しているおゆみ野の森は風も穏やかだった。寒いけれど凍える程じゃあない。

 今年最後のおゆみ野の森を育てる会の定例会だ。10時前に会場に着いた。前回以来しばらく足が遠のいていたら、樹々からすっかり葉が落ちて冬景色だ。Dsc_0082

 

 皆が来るまでに観察指導の下見をしておこうと森をグルリと一周。

  弱った。

 子供達の興味を惹きそうな物を何も見付けられない。偶々、何年も手入れされずに放置されていて、背丈程もあるセイタカアワダチソウササが生い茂っていた場所を、草刈り隊のメンバーが刈り払ってくれてあった。ありがたい。今まで立ち入れなかった場所だから、何か見つかるかもしれない。

 当てずっぽうだが、ウサギの糞を見付けることにした。昨年も今頃、ウサギの糞探しをやったから、また〜なんて子供達に愛想を尽かされるかもしれないが、しかたない。

 今回の生徒は僅か未だ13ヶ月なのに、信じられない程にお喋りが巧みで怖いもの知らず君。あとは顔馴染みの3、4年生。Dsc_0023_2

 ウサギのウンコてどれ?。誰よりも先に声を聞きつけて飛んで来て、指で摘んで鼻先へ。13ヶ月君だ。食べちゃだめだよ。Dsc_0019_2



                                                    

 





幸い、子供達は一生懸命糞探しに熱中してくれたが、途中から一人減り二人減り。何処に入ったのかと探してみたら、落ち葉掻きに転職してしまった。メンバーが設えた落ち葉のプールのせいだ。本当に楽しんでくれている。御陰で観察会は、私を除いて誰もいなくなった。

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ママ、落ち葉かけるから寝てなくちゃ駄目!

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  わ〜。やちゃえやちゃえ。

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  落ち葉で描くポニョ。どうなるか?。 

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雲行き

  他愛のないことだが、一昨日以来、空を見上げて雲に感じ入っている。
真上は雲一つない青天井なんだが、西の東京都心方向には雲が吹き飛ばされてガス状の影がある。南の方向には波頭渦巻くような前線風の雲の帯が横たわっている。何とも複雑な雲行きだ。生憎その時はカメラを持っていなかった。

 そこで今日は帰宅後、日の沈む30分程前から西の空の雲を撮影した。僅か30分足らずなのだが、外に立っていても風を感じなかった。にもかかわらず目紛しく移り変わる空の様子に、魅入ってしまった。
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体感センサー

 態々強調する話ではないけれど、この冬始めての寒波だ。気分は未だに秋。
覚悟ができていない分だけ寒い寒い。
ここの処、毛糸の帽子が手放せない。隠しようが無い程に毛髪が後退したのを見咎めた息子から、諦めろ、と引導を言い渡されたのが一昨年だ。以来、彼の手で二ヶ月間隔くらいで坊主頭に丸められている。暖かい季節は、坊主頭も思い切り良くサッパリ気分なのだが、今月の始め辺りから、裸で外を歩くような、まるで頭から体温が抜けてゆくような感覚がする。去年はそうでもなかったから、今年は歳のせいか殊の外寒さを感じる。
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 朝から雲一つない快晴の冬日。高台の、しかも4階に位置するだけに風を遮るものがない。明け方からアルミサッシのガラス戸を揺らせる程の風が、ぴゅーぴゅー悲鳴を上げている。一方、風下になる南側は日差しもあって暖かく、穏やかなものだ。日が差し込む部屋は15度近くあって、膝掛けがあれば暖房はいらない。しかし北側の部屋は5度くらいしかないので、とても其所にはいられない。
 我が家には部屋の仕切りを隔てて春と冬がある。この違いを一番感じるのは、頭の皮膚感覚だ。北側のトイレに行く度に毛糸の帽子が頭に載っていることを確かめる。毛髪を刈り取る前は、これ程に敏感だとは思わなかった。

 秋から冬に掛けて花開く植物も、私の頭以上に寒暖に敏感な筈だ。
知人が家庭菜園を楽しんでいて、偶々私に質問を寄越した。
 ハクサイとキャベツを植え付けたそうだが、玉に成らずに上へ上へと伸びていると言う。 こう答えた。
 キャベツハクサイが玉状になるのは、私が暖かな帽子を被るようなものだと。株の中央にある成長点が寒さを感じると、周りの葉が帽子のように其所を囲み始め、結果的に玉状や蕾み状になる。成長点がすっかり葉で囲まれてしまうと、光りも遮られ暗闇になる。暗くなれば寝るしかないから、そのまま冬眠状態で春を待つ。つまり、茎が上に伸びることもない。上に延び続けるのは、寒さを感じないからだ。

 彼は、帽子を脱いで暖かな日差しに晒した私の頭を眺めながら、ニヤニヤ聞いていた。帆掛け船の上で一昨日の事だ。
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 ジッとしてると身体が固まるから、気分転換に街へゆきましょ!。
妻に引きずり出されて街へ出た。街行く人は皆、首を竦めて歩いている。ガラスのショウウインドウーに映る着ぐるみの熊状態で歩く我と我が身を見て、何故かガマの油売りの口上を思いだしてしまった。ディスプレーはクリスマス一色だが、立ち止まる人は少ない。

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北西風

 昨日は寒くて外出する気分じゃなかったが、今日は風も弱く久しぶりの日差しに誘われて外に出た。

 それでも手先が凍える。冬なんだから当然だろ。いや、気分はまだ秋。そんな自問自答しながら帆掛け船のデッキで作業をした。これからは暫く、錆びが浮き始めた金属部品を磨いたり木製の調度品などのニス塗りをする。

 作業に疲れてひと休み。ふと海面をみるとカモが集っている。これは北西風が吹き始める兆しだ。

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 北海道の東海上に低気圧が停滞すると、関東地方に北西の冷たい風が吹き込んでくる。その風で、枝に僅かに残った木の葉が一掃されて、里山も冬景色になる。 12月に入っての北西風は、平均風速7m程だから其れ程強くはないけれど、それでも千葉港の中とは言えど海面は波立つ。港の一番奥まった船溜まりは、建物や船着き場に囲まれているせいで、そんな時でも比較的穏やかに保たれる。

 その程度では終らないのが漁師から大西と呼ばれる台風レベルの強風だ。  師走が詰まってくると襲って来る。それが何時来るか?、これからは天気図や気象情 報から目が離せない。海上に出ている時は勿論だが、何時もは穏やかな船溜まりに繋がれた船上にいても、大西が吹き抜ける時は、大揺れに揺れる。夏から秋に かけては、南や北東からの風が吹く日が多いから、それに対応して舫ロープが張られている。しかし、北西風や西風が吹く様になると、そちら側への備えが必要 になる。

462531265_38ecdd267c * 画像はWebより

 最初は気にも留めなかったのだが、水鳥が集り始めると、翌日には港の中が波立つ程の風が吹いた。海面に浮いて波に揺られて眠る鴨にとっても、激しく荒ら立つ波間じゃあ寝てもいられないとばかりに、穏やかな船溜まりに避難してくるらしい。それでも大西が吹く時は、鳥一羽さえ見かけない。

 強い季節風が襲って来る前に、野生動物の”勘”が穏やかな場所に避難させるんじゃないだろうか。私の観察だが。そう考えて以来、同じような出来事を見る度に、翌日はどうなるかをドキドキしながら予想している。

 カモがいたから並みの北西風と予想している。さあ明日はどうだろうか?。

* やはり吹いて来た(18日朝)

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Oo姉からの自然観察だより17号

  Oo姉から写真が届いた。
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  サルトリイバラの葉っぱの傍に、ハリギリがありました。その棘が画鋲みたい...と言うので、じゃ、やって見ようと、ハリギリの棘を取り、サルトリイバラにシロダモを留めてみました。

  割ったリンゴを想像しました。
サルトリイバラは、日当りの良い雑木林の縁で、ヤマノイモなどのように周りの灌木などに絡み付いている。イバラからイメージできるように、針がある。
 256pxsmilax_aspera このブログでは、丹後の節句につくる柏餅だが、カシワの自生しない千葉では、このサルトリイバラで包む地域がある。そう記述した記憶がある。



ハリギリは、私が通っているおゆみ野の森にも数本あって、街路樹程の大きさに成長している。子供達にはトゲトゲの木と呼ばせている。勿論,正しい名前はハリギリなんだが、観察して気付いた植物の特徴と名前を繋げる意味で、自由に名前を付けさせてみた。そしたら子供達は、トゲトゲの木とか、針ハリノ木、なんて愛称を付けた。 子供にも分かる程に特徴があって、幹から、バラに似た三角形の棘が突き出ている。それを棍棒にすれば、チョイと恐ろしい道具になりそうな樹木だ。Harigiri5jpeg




シロダモは、鎮守の森などの常連だ。本来は、サルトリイバラの葉の中には収まらない。細長くて、裏は白っぽいのが特徴だ。大きな意味ではクスノキの仲間だが、香りのよいニッケイの親戚だ。葉の裏面が、それほど白くないのはヤブニッケイSirodamo2
                        先日、花見川区にある
柏井市民の森で、山林再生事業の現地説明会が開かれて講師を務めたのだが、雑木林の中に一本、このシロダモがあって伐採予定のテープが巻かれていた。シロダモ自体はさほど珍しいものではないが、この市民の森では唯一に近い存在だから、伐採候補から外すよう言及しておいた。
 その後、現地に行っていないので、残っているかどうかは確認出来てはいないが、その場その場の判断だけで伐採を決めることの懸念事項ではある。

 日曜日、おゆみ野の森の定例会が予定されている。今回は、大きな紙に書いた下絵に落ち葉を貼付けて、
落ち葉の絵づくりを試みる。
 提案したけれど、実はそう言うのは苦手だ。
Oo姉さん、助けて!。
* 画像 下3枚はWikipedia  より 

 
 

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