空いた。

 昨夜来の雨が明け方には激しさを増して降ったんだ。午後にはようやく止んだけれど、建物の建築が完成して今は外構工事中のお隣さん、駐車場予定地が水溜りになっていたよ。今月末の入居予定らしいけれどね。

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 こんな天気だったから、家族は皆在宅でね。親爺さんはもっぱら赤ん坊と4歳児のコーチャンの見守りしていたよ。家族皆が揃っているのに子供達は親爺さんに?。そうなんだ。なんでも昨夜は赤ん坊がなかなか寝付かなくて、母親のマユちゃん、ほとんど小間切れ睡眠だったそうでね。それに加えてコーチャンが明け方、両親と赤ん坊が眠るベッドに乱入して、赤ん坊を追い出そうとしてね。先月からそういった行為が繰り返されているんだよ。だからマユちゃん疲労困憊、今朝から夢遊状態さ。

 朝、ケンニャンに抱かれて連れてこられた赤ん坊が親爺さんのベッドの上に置かれてね、「親爺、頼むよ」。という次第さ。ドアが閉じられていたから中の様子は分からないけれど、泣けば懸命にあやしている様子だったよ。親爺さんの育孫はお昼過ぎまで続いていたよ。

「空きました」。5月頃申し込んであった特別養護老人ホームからケンニャンの元に電話があったよ。なんともぶっきら棒だけれど、待っていた知らせだとさ。空いた理由は聞かないとさ。未だ母さん本人に特養への転院の話はしていないそうでね。母さん、口を開けば「アタシの退院を・・・」。家には戻せない事はなかなか言えないんだとさ。親爺さん、何度か話を試みたそうだけれど、本人が自分の身体能力についての現状を受け入れていないそうでね。家に帰れば以前のように動け、自分の身の始末もできる。そう主張しているんだとさ。認知症の進行もその判断に影響しているだろうしね。現実は、24時間の介護が必要なんだ。今の母さんが家に戻れば親爺さんが介護と孫の世話に家事で身動きならず、早晩の破綻はまちがいないのさ。

 具体的な転院の日取りはこれから決めるそうだけれど、少なくとも今週は親爺さん、予定が詰まっているそうでね。説得は次の日曜日に試みるとさ。けれどこのチャンスを逃せば、次はいつになるか。今入所している施設も間もなく期限ギリギリ。これが潮時。有無を言わさず移してしまうことになるかもしれないとさ。考えてみれば、年老いる身に障害を抱えて、自らの望まない環境で生きるって、悲しいね。

 

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27日!

 27日頃になるんだってさ。県内の電力の復旧がね、まだ二週間も先じゃない。

 銚子市内では今日現在、未だ停電している地域も残っている様子でね。市役所からの広報では避難所利用の案内や、家屋被災した市民にビニールシートを配っている様子だよ。今夜、激しい雨が予報されているそうでね、独居や高齢者世帯の備えを急がねばと、自衛隊が手助けに駆けつけてくれているそうだよ。屋根を覆う作業なぞ、親爺さん世代にゃ無理なことだものね。玄関から見える利根川上流方向の空は、既に怪しい雲に覆われ始めているよ。

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 我が家は以前にも話したけれど、幸い被害らしいものもなく、ありがたい事に電気も水道も平常と変わりなく使用できているんだ。心配した県外に住む親戚からの安否の問い合わせに、「本当にラッキーとしか言いようがないよ」って親爺さん、答えていたよ。その親戚も、阪神大震災の折は、通りを隔てた反対側の街が甚大な被害を受けてね。けれど幸い、親戚一同に被害はなかったんだ。3・11東日本大震災時、茨城県に単身赴任中の親爺さんを除き、家族は千葉市から銚子に移り住んで3ヶ月目でね。アタシは千葉市の港近くのペットショップにいたよ。だから後から知ったのだけれど、数十m脇を利根川を遡上する津波がかすめて行ったそうでね。川沿いのご近所に大きな被害があったけれど、我が家はね、幸い被害はなくて済んだんだ。けれど地域一帯は電気水道が使えなくなってね。当時は其れ等が復旧するまで、家族は近所の知人宅に居候していたんだとさ。

 実は母さんの実家が未だに停電で、復旧が27日頃と見込まれている県南部なんだ。けれど親爺さんにはお見舞いの言葉は送れても、それ以外にできることはなくてね。母さんにもその事実は伝えていないんだとさ。

 処で千葉市長の”自粛を遠慮”発言が話題になっているよね。それについて親爺さん、「解るよ!」だとさ。現役時代、親爺さんもそんな判断に直面した経験があってね。結局、ケース バイ ケースなんだろうけれどね。

 親爺さん、明日は母さんの施設へ月例の支払いがてら、様子見に行く積りだとさ。特に停電の報はないから大丈夫だとは思うとさ。 

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とんぼ返り

  あんなに激しい雨に遇うなんて予想だにしなかったんだ。昨夜のあの雨だよ。

雲間から僅かに除く十五夜の月を見ていたくてね、昨夜は庭で野宿を決め込んでいたんだ。まあそれでも台風一過に親爺さんがなおしておいてくれた板張りの、その下に潜り込んでいたから濡れ鼠にはならずにすんだよ。昨夜は一時的にせよ、あの台風時の雨程度の強い降りでね、雨樋を溢れた水が滝のように軒下に落ちてきて、その音で目を覚ませた親爺さん、「しまった!ココが外に・・」。慌てて窓越しにアタシの姿を探したそうなんだ。けれど暗闇の雨中ではね。結局、辺りが薄明るくなった頃、庭に出てアタシに声をかけてくれたよ。大丈夫さ。

 そんな訳で、その時は未だ降っていたこともあって、昨日に続いて今朝も散歩をパスしたよ。お腹の具合も良くなかったんだ。

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 それにしても今朝の日の出時は雨が未だ降っていたけれど、東の雲の裾が切れ上がって、そこからチラリとね。ご覧の通りなんとも現実的じゃあない写真になってしまったけれど、これはデジタル写真の所為でね。壊れスマホで撮ったからさ。親爺さんのデジタル一眼レフ、そのバッテリーがダメになって新調しなければならないんだ。けれど結構な値段だから先延ばしだとさ。その一眼レフなら、もう少しマシには撮れたかもしれない。

 処で今日は親爺さん、マユちゃん母子に同伴して千葉市へ出かけてね、コーチャンに発達支援プログラムを受講させたんだとさ。マユちゃんの希望で終わるやいなやのトンボ返りだった。だから親爺さん気がかりの、千葉港に係留中の帆掛船の様子を確認できなかったそうでね。多分、船溜りの桟橋に被害が出ているだろうから、港に行っても艇にはたどり着けなかっただろうとさ。来週、千葉市には3回行く用件があるそうでね。その折りにでもと、今日はパス。一方、怖いもの見たさの逆で、真相を見たくもない本音もあるとさ。

 千葉市へ行く道中、稲田地域を通ったそうだけれど、殆どの稲田は稲の刈り取りが済んでいたとさ。普通、刈り取りの終わった稲田は今頃、切り株が枯れて褐色一色なんだけれど、今季はどうした事か、どこも青々と葉が茂って6月頃の様相でね。切り株から葉が再生しているんだね。未だ稲刈りが済んでいない稲田があって、トラクターで刈り取り作業中だったけれど、ビックリする程多数の白鷺(ダイサギ)が集まっていたとさ。 親爺さん、どこかで見たような光景だと思ったら、海でイワシ漁船を追っかけるカモメの群れ。あんな光景でね、初めての目撃だったとさ。手元にカメラがあれば撮っておきたいチャンスだったろうね。

 今回の15号台風は、千葉県を直撃したから当然被害も出たけれど、電力の復旧に手間取っているそうだね。銚子市内でも未だ停電世帯が残っているよ。それについて東電幹部の説明に、予想以上の倒木による被害が敏速な復旧の壁になっている。そのような話だけれど親爺さん、それについて思う事があるそうでね。

 千葉県の南部方面や東部の匝瑳市はスギの樹林が多いそうでね。そのスギ林について、昭和20〜30年代に組織的に植林されたスギ苗。それが平成になり用材として伐期を迎えたそうでね。処が木が伸びるにつれ、幹に割れ目、つまり用材価値としては致命的な欠陥が露呈したそうなんだ。その事実は林業関係者は早くから知る処でね。資源として期待されたスギ林は、今やゴミ同然。その上スギ花粉で持て余しなんだとさ。何とか手を打たねばならない喫緊の課題と認識はされていたんだね。けれど現実は放置状態でね。スギ林のスギは、幹の割れ目が拡大して強風に脆弱でね。それでも密林では風が通らず、折れる事はなかったけれど、一本が折れればドミノ倒しで疎林化して、ますます倒木が発生し易くなるとさ。

 親爺さんの推測ではあるけれど、今回の台風が道路沿いの杉を吹き倒したりして、電線を切断する。そんな光景を想像したそうなんだ。千葉市へ行く道中、そんな意識で景色を眺めていたそうだけれど、50号線沿いでそんなリアルな光景には出会わなかったとさ。

 

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デジャブ

 「ガソリンが買えなくて・・・」。

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 コーチャンが世話になっている療育センターのある隣町の旭市も、停電が続いていたんだとさ。療育施設だから自家発電設備が駆動していたんだそうだよ。けれど入所者がいる施設だからね、大半の電力はそちらの必要に回されて、外来部門は電力不足で閉鎖していたそうなんだ。だから昨日、コーチャンが台風過の再開最初の受講者なんだとさ。で、親爺さんと療育師さんの会話も自然とここ数日の話題になったんだとさ。「ガソリンが買えなくて、何度も列に並んだけれど、だから車のガソリンが無くなれば今日も勤務できない処でした」ってね。つまりは何とか入手できたわけだね。

 そんな話を親爺さん、3・11のデジャブを見る思いで聞いたとさ。親爺さんの車、あの体験から暫くは、不意に備えて常に満タンを心がけていたそうだけれど、いつの間にか半分になり、最近は常に4分の1程度しかガソリンをいれていないんだとさ。ここ数日、それで走り回っていたけれどね。2度ある事は3度・・・とは聞くけれど。それに災害は忘れた頃に・・・とも聞くよ。全くそうだね。

 「銚子市防災です。避難所を明日も開設します」。夕方、そんな広報が流れたよ。昨日までは食料、毛布持参とアナウンスされていたんだ。銚子市に非常食の備えが無いわけじゃないだろうね。炊き出しも無い様子だから、そのようなサービスは不要な状況なんだろうね。ただただ電気が来ない。だから困っている市民が沢山いるということなんだね。で、件の避難所だけれど、夕方の広報は、「お風呂に入れるから、タオルと石鹸持参で・・」。親爺さん、聞く事全てが3・11のデジャブだとさ。既視感ということだってね。

 親爺さん、3・11当時のブログ記事をね、削除してしまったし、当時は公的立場にいたから守秘義務もあってね。デジャブを思わせる出来事に対してどのような行動をしたか、語れないそうなんだ。その代りというわけでもないけれど、旭市民の復興街づくりのお手伝いとしてね、防災体験キャンプという企画を、市民有志やNPOの人たちと続けていたんだとさ。去年を最後に現在は活動休止状態だけれど、休止したらこの有様。油断禁物だね。千葉県内で親爺さんの知人の動静についての噂は聞かないけれど、来週あたりは落ち着くだろうから、連絡をとってみる積りだとさ。

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 今日の親爺さん、ほぼ終日、午前中は赤ん坊、午後はコーチャンの見守りだったよ。比較的静かな1日だったよ。

 

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再起動

 「植えたばかりのキャベツ、やり直しだなあ」。朝の散歩で出会った白いプードル連れの早起きオヤジさんが言ったよ。アタシにはそうは思えないけれど、確かに植えたばかりの苗が泥まみれだね。畑の砂が道に流れ出て、舗装されていない田舎道だよ。

 「ココの奴は、昨晩の雷に怯えて風呂場に篭ってしまったんだ。お陰で家族は風呂にも入れなかった」。柴犬連れたオバさんと立ち話。そんな事を話さなくてもいいじゃないの。断水でお風呂どころじゃないご近所さんだっているんだから。確かに昨夜の雷は怖かったよ。我を忘れて街に飛び出して、追ってきた親爺さんに捕まるまで暴走したよ。家に戻って風呂場に篭ったよ。それでも子供達二人が湯浴みはしたじゃない。

 ここ2日連続して夜半に雷が鳴ってね。一昨日は遠く埼玉県方向で稲光さ。アタシの耳には音が届いていたんだ。遠く離れていたから我を忘れる程ではなかったけれどね。昨夜はいきなり近くでゴロゴロとね。後で親爺さんが話していたそうだけれど、西の空に雷雲が広がり始めたのに気がついて、アタシを家に呼び込もうとしていた処にね、ケンニャンが帰宅して、彼と言葉を交わしている間にアタシがパニツクたと言うんだ。終わった事は忘れよう。

 「今日から授業再開だ」。台風以来休校していた学校も、取り敢えずは電気、水道が使えるようになったんだね。ケンニャン、定刻に出勤していったよ。

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 なんだいなんだい。アタシを庭に閉じ込める気なのかい?。「今日はいろいろあってね」。親爺さん、朝から少しナーバスになっているよ。先日、歯が欠けたものだから、30数年ぶりに歯医者へ行くんだとさ。怖がっているよ。ざまあ〜。

 その後はマユちゃん母子の付き添いで療育センターへ、コーチャンの言語療育プログラム受講にね。受講中、赤ん坊の面倒を親爺さんがみている予定だとさ。親爺さんとコーチャン二人で行けば、そんな赤ん坊連れなんて必要ないのにね。母親が自分でコーチャンに同行したいからと。

 だいたい母さんもそうなんだ。「家に戻っても、私の事は自分でするから、構わないでいいよ。だから退院を」。車椅子無しではね。トイレも補助なしではね。食事には・・・。施設で介護されているから毎日穏やかに過ごせているのにね。なんとも我が家の女達は非合理なことを・・・。え?。お前も雌だ。

 「食べてくれた!」。発達障害児のコーチャンがオニギリ食べた。マユちゃん嬉しそう。彼女はね、コーチャンが毎食、ビスケットと焼き鮭にワカメしか口にしなくて、それさえ食べなけりゃもう万策尽きた。もう彼の食事は投げやりで親爺さん任せ。そこまで精神的に追い込まれていたんだ。彼は成長と共に口にする食物の範囲が狭まって、それまで食べていたものを、ある日から突然見向きもしない。その全ては親爺さんも診ていたし、彼が食べてくれそうな新たな食物探しにも余念がないんだけれどね。親爺さんも追い込まれていたよ。

 けれど発達障害児とは言え、生き物としての生存本能はあるだろうから、いよいよとなれば何かは口に入れるだろう。そんな楽観的姿勢でマユちゃんに寄り添っているよ。けれど、何が嫌になる原因か、何なら食べられるのか。本人が語らない限り分からないんだ。ご飯だって春頃までは普通に食べていたんだ。それが突然の拒否。

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 ”コーチャン、オニギリ2個食べました”。施設や保育園からの連絡帳に記載されていたそうだよ。それに気がついたマユちゃん、試しにオニギリ作って彼に差し出したんだとさ。食べた!。何故だ???。

 それだけでマユちゃん、明るくなったよ。

 朝方は曇っていた空も北寄りの強い風で、お昼前には快晴だ。

 

 

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折れた矢

 今朝も濃い霧に街は覆われてね。

 ”保育園は今日も休園します”。そんなメッセージがLIneに流れたそうだよ。それを知らぬ親爺さん、いつもコーチャンが起床する時間帯にはアタシとの散歩を終えて、彼の食事の用意もしてね、玄関の外に設えたキャンバスの椅子に座って待っていたよ。この時がアタシにも至福の時なんだ。親爺さんの脇に寝そべって、一緒に辺りを飛び回る鳥の鳴き声を耳にしながら、ウツラウツラとね。

 それにしちゃ、いつまでも起きてこないね。アタシが気になって身じろぎしたら親爺さん、目を覚ましてね。様子を見に行ったら彼は未だ寝てる。寝てるっていったって、もう9時前だよ。今日の登園は10時からなんだろうか。しょうがない、もうしばし待とう。

 「今日も休み・・・」。階段をヨロヨロと下りてきた母親のマユちゃん、薄ぼんやりな口調で言ったよ。エ〜ッ、今日もあのウルサイ奴と一緒かい。勘弁してくれよ。思わずアタシは親爺さんに泣きついたね。彼奴は家中で運動会でもしているように駆け回るんだ。アタシが寛いでいようがお構いなし。踏んづけられそうだよ。お昼前、母親のマユちゃん、赤ん坊とあの騒々しいイタズラ坊主を親爺さんに託して、出かけてしまったんだ。親爺さん、アタシを慮ってか、彼ら二人と共に二階の子供部屋に篭ってね、何をどうしていたのか、母親が帰宅するまでアタシは平穏でいられたんだ。帰宅するまではね。

 その後親爺さん、マユちゃんと交代するようにアタシのドッグフードを探しに出かけて行ったんだ。もう底を突いていたからね。いつもドックフードを購入する店舗が停電状態で、だから他の店舗を当たると言っていたよ。朝から再三再四、「こちらは銚子市防災です。現在・・・・」。そんな防災放送が街中を流れて、時折緊急自動車が行き交う、そんな雰囲気が家の中でも感じるよ。

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Img_8378  親爺さんが昼過ぎ帰宅して、ドッグフードを何とか手に入れてくれたよ。銘柄は馴染みの品とは異なるけれどね。この際、贅沢は言えないよ。「どこか公園へ子供たちを・・・」とマユちゃん。「銚子市内でいつも行く公園、今は公園の水道を給水処にしているからね。水汲みの市民で大変なんじゃないかな」と、親爺さん。「じゃあ、家の中で我慢」。我慢を強いられるのはアタシだよ。ガッカリだよ。

 それはそうと親爺さん、台地のキャベツ畑を抜ける道を走っていたら、矢が折れ力尽きた風車に出会ったとさ。あの風車、風が強くなると風車にブレーキを掛けて、矢の破損を防ぐようになってる。そう聞いていたんだけれどね。折れた矢の先はもう回収されたのか、それとも離れた場所へ飛び散ったのか。見当たらなかったとさ。

 何より親爺さん、それほどの風が吹いたという事実に改めてビックリ。50m /sec以上かな?。

「本日水道が回復しました」。5時頃の防災無線が言ってたよ。よかったよ。電気はどうなのか?

 

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台風一過

 今回はいつもとは違うね。

 朝目覚めたら外は真っ白。昨日も真っ白だったけれど、あれは雨の飛沫だったよ。今朝は霧。街は数十m先も見通せない程の濃い霧に覆われていたんだ。ゴミ出し仕事で数十m歩いただけなのに親爺さん、霧で衣服が湿ってね、流す汗で背中はグッショリさ。無理もないよ。玄関脇にぶら下げてある気温計がね、36度を指していたよ。間違いじゃないのと思ったけれど、とにかく異様に気温が高く感じたのは事実さ。

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 * 町内のパパイア畑がぐちゃぐちゃだよ。

 ”こちらは銚子市防災です。現在、銚子市内の一部を除く全地域で停電と断水中です。復旧の見通しは立っていません。避難所を開設・・・・”。家の中にいたんじゃ分からないけれど、どうやら大変な事態になっている様子だね。今日も保育園は休園でね。停電で冷房設備や厨房設備が動かないそうでね。じゃあ、その両隣のDo it yourself の店は?。「閉まっているよ」。アタシのドッグフードが残り僅かなんだけれど。開いているコンビニはほとんどないよ。開いていても商品がないよ。ガソリンスタンドには車の行列が・・・。出勤して、後片付けに追われているケンニャンからの知らせでね。

 親爺さん、3.11東日本大震災当時を思い出すとさ。あの当時もこんな状態だったとさ。今回は運が良かったのさ。アタシんちの町内を囲むように停電と断水区域が広がっていてね。アタシんちの町内は電気も水道も異常なし。何事もないように、マーケットもコンビニも営業しているんだ。

 「携帯電話も使えないよ。だから今は携帯が使える地域に移動して電話してるんだ。けれどバッテリーがもう残り僅か。ガソリンもね。食料も売っている店はないから、昼食抜きだよ」と、ケンニャン。「じゃあ、マーケットで何か買っておくよ」と、親爺さん。3.11では親爺さんが、今日のケンニャンの立場だったとさ。

 夕方、ケンニャンが帰宅した頃、「銚子市防災です。市内の約4千8百戸が現在も停電、断水中です。復旧の見通しは11日以降です」。あ〜あ、大変だ。そしてまた銚子市防災無線が鳴って「オオカミと犬の血が混じったウルフドックが逃げ出しました。危険だから・・・・」。

 「明日、保育園は水筒とお弁当持参だって」。開園できたらの話らしいよ。

 

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台風15号

 家族が床に入る頃、空には未だ月が姿を見せていたんだ。その次にアタシが目を覚ました時、アタシが寄りかかっていた玄関ドアは雨に叩かれ激しく振動していたし、外では雨音というよりもバシャバシャと、バケツの水をかけるような騒音が、断続的に聞こえていたんだ。余りに凄まじい雨風だったから、外の様子を見ることもできなくてね。 少し明るくなってから覗いてみたら、雨どいを吐け切らない雨水が溢れて屋根から滝のように落ちていたんだ。丁度日の出時刻だったと記憶しているんだけれどね。

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   * 荒れ狂う利根川 (参考、今回撮った写真ではありません。)

 出勤時刻になっても、外は横殴りに降る雨の飛沫で霧がかかったように真っ白でね、お隣の家が霞むほどだったよ。「保育園は停電状態だから、おやすみください」。「学校は休校にします。職員は、警報が解除されてから出勤してください」。Line と言うのかい。ケンニャンやマユちゃんの持っているスマホに次々にメッセージが入ってね。それにそって二人は行動していたけれど、産休のマユちゃん、貴方はじっとしていてもいいんじゃないの。「だけど職場のことが気がかりで」。そうなんだ。

 親爺さんは?。嵐の中、雨合羽着て二階のベランダにいるよ。ベランダに雨水が溜まってプール状態だとさ。親爺さんの足首まで浸かる程の深さに雨水が溜まってね。外が静まるまで待ってから処置をと考えていたようだけれど、溜まった雨水の重さを考えると、ベランダ床がひしゃげてしまいそうで、待つているわけに行かぬと排水口の掃除を始めたんだ。しばらく棒切れを突っ込んでいたようすだけれど、ゴ〜ッという音と共に穴の周囲の溜り水が渦になって抜けてゆき、数分後には全て排水されたんだ。どうにか漏水する以前に処置できて、やれやれさ。

 幸い10時ごろには先ほどの荒天が嘘のように鎮まってね、暑い陽射しが照ってきたんだ。その後は親爺さん、吹き飛んだり折れた庭の植物の後片付けを、大汗流して処理していたよ。ケンニャンは出勤したよ。 直前、ケンニャンのスマホに通勤路での倒木や崩壊の写真が届いてね、だから親爺さんの使っている四駆のSUVに乗ってでかけたよ。

 3時過ぎる頃には親爺さんの作業も一段落してね、やれやれなんだけれど浮かぬ顔さ。今度の台風が千葉市に上陸したそうだから、港に係留中の親爺さんの帆掛船の安否がね、気になるそうでね。廃船状態とは言え、船溜まりのご近所さんに迷惑かけていないかと。今は見に行けないから、帆掛船仲間からの電話がこないよう、不安な気持ちでいるんだとさ。

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 夕方帰宅したケンニャンによれば、「広範囲に酷いよ」って。それに銚子市やその周辺の市町の停電や断水は、夕方近くなっても未だ復旧していないんだとさ。アタシんちの周辺だけが幸い大丈夫らしくてね。その所為か、町内のコンビニでは弁当が売り切れてしまい、”いつ入荷するのか?”と聞く客ばかりだとさ。

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格差

2012-505

 もう気温を知る気にもならないよ。8月を何とか乗り切って、けれどほとんど力尽きる今頃のこの暑さ。”殺す気かい”って吠える相手がいるのならそうしたいよ。親爺さん達は出かける気配だけれど、もうどこへでも勝手に行っておくれ。アタシは家でひたすらこの暑さを耐え忍んでいるからさ。

 昨夜はケンニャン家族が皆出かけてね、親爺さんとアタシには久しぶりに自由な夜になるはずだったよ。けれど親爺さん、疲れ切っていたのかアタシの夕食の用意をしてくれた、その後はベッドに崩れ堕ちたよ。 午後10時過ぎ、ケンニャン家族は戻ったけれど子供達は異様にハイテンションでね。彼らが起こす騒音にも親爺さん、一時目覚めはしたけれど、そのままさ。そして今朝、寝坊をした親爺さん、ギラギラ朝陽の写真も撮れず仕舞いでね。

 そんな事を思い出しながら一同を見送るうちに、今気付けばアタシだけになっていたよ。そして午後3時頃には暑さにウンザリしたような顔付きの一同が戻ってきたよ。

 なんでも母さんのいる施設に様子見に。そのついでに公園へ立ち寄って、コーチャンを遊ばせていたんだとさ。皆んなが立ち寄った公園は、今までも何度か利用した茨城県神栖市内の公園でね。結構広い芝生広場があって、隣接して最近開設された”防災アリーナ”という市の施設もあるんだ。

 「授乳室がすごくよくできていたわよ」と、マユちゃん。まもなく3ヶ月になる乳児を抱える身だから、そういった子供連れで外出した先の施設整備がね、すごく気になるそうでね。「銚子市とは比較にもならないよ」。親爺さんも言ったとさ。「銚子市に比べれば、最近の神栖市の公共施設は本当に立派だよ」。どうして銚子市とはこんなに格差が大きいんだろうか。銚子市の場合、今年度も何とか財政健全化団体入りは免れそうだけれど、市民が利用出来る公共施設の多くは老朽化一方でね。次々に閉鎖廃止されているくらいさ。

 こうして利根川を隔てるだけで、この施設充実の格差はなぜだろうか。銚子市民として怒りを覚える程だとさ。親爺さん、千葉市に住み、その都市に奉仕する人生を送って、だからその経験で銚子市を見るから、千葉県でも千葉市に次いで都市計画決定をした銚子市の、現在のこの現状はなんだ!。そう声を上げたことも過去にあるんだとさ。行政への市民参加事業に参加もしたとさ。”ない袖は振れないよ”ってことでお終いさ。

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 「教育環境はね、銚子市のほうが良いんだよ」と、ケンニャン、マユちゃん。自分たちが関わっているから?。「そうじゃなくて、子供達には落ち着いた環境に囲まれているからさ」。なんだい、少し前は、保守的すぎると批判していたような。「荒れている学校数は、神栖市に比べて少ない」とさ。数年前まで神栖市内で活動していたから親爺さん、何となくケンニャン達の言うことも分からなくはないそうなんだ。

 「住むには銚子、施設を利用するなら神栖。利根川渡ればいいだけさ」。誰の台詞かはともかく、この辺りの住民は、昔からチャッカリそうしていたらしいね。とまあ今日は一頻り、利根川を渡ってのおしゃべりに盛り上がっていた我が家だよ。そうそう母さん、家族皆が顔を合わせたからか、「幸せ!」。何度もそう呟いたとさ。

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シニアズ・イベント

 昨日も暑かったけれど、今日はそれに劣らずだね。房総半島の真ん中方向、丁度成田市あたりだろうか。入道雲が何本も立ち上がっていたよ。昨夜は庭で野宿したけれど、家の中に比べて何と快適なことか。星が綺麗だったもの。それにしても台風が来そうだね。用心しないとね。

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 さて、今日はコーチャンの保育園主催によるシニアズ・イベントでね、”爺ちゃん、婆ちゃん出ておいで”だとさ。親爺さん、あまり乗り気じゃない様子だけれど、ケンニャン夫婦に促されてね、コーチャン連れて出かけて行ったよ。だいたい親爺さん、歳もそうだけれど姿形をどこからどう見ても爺ちゃんさ。けれど本人は御近所さんからのお誘いも断ったとさ。老人会の何とかでね。どうせカラオケやグランドゴルフ、果ては四国の神社詣での類さ。そんなタイプじゃないとさ。で、今日のイベントも斜に構えてね。

 いやはや、イベントが始まる前から舞台の最前列に座り込んで、スマホを構える爺ちゃん、我が孫が姿を現した時は、すぐに手を振り「爺達はここだ〜」ってね。久しぶり姿見だ。なんでもよしとしよう。

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 親爺さん、1歳児から5歳児まで年期順で舞台に立つ子供達を観察してね、思わずため息が出たとさ。我が孫の出来る出来ないに比べるべくもなかったとさ。それにしてもかわいけりゃいいのかい。音程無視の思わず耳を押さえたくなるような金切声でのお歌でね。ひょいと見たら、列に並んだコーチャン、両手で耳を覆っていたとさ。イベントの終盤、来園した爺ちゃん、婆ちゃんと一緒に歌いましょってね。そこでもホール一杯に響き渡る金切り声に、それに負けじとボリュウームを上げた司会者の声。全てが終わった時は親爺さん、耳がキーンと鳴っていたってさ。

 ここはコーチャンの居場所に相応しいか?。そうは思ったけれど親爺さん、コーチャンを囲んで仲間の園児が彼の顔を覗き込んでね、一方のコーチャン、機嫌が直ってニコニコ顔さ。いいとしよう。これが苦手な体験でも、成長したら嫌でもその中に飛び込まなけりゃ、生きてはゆけないからね。

 ”カチッ”。帰宅して昼食を摂り始めた親爺さん、顔をしかめたよ。「歯が欠けた!」。

 「最近の歯医者は昔と違うよ。ほとんど痛くないからね」。ケンニャン、親爺さんに歯医者を紹介していたよ。その言葉を信じて親爺さん、30数年振りに歯医者の予約を取りに出かけたよ。あちこち老化しているだろうから、どういうことになるか見ものだぞ。

 

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一年経過

 「ココ、どこに行ってた!」。親爺さんに怒られてしまったよ。お昼過ぎのことさ。家の前の草むらで小用を足してね、それは親爺さんも玄関から見ていたんだけれど、その後は家の中に引っ込んだんだよ。一方、アタシは余りに暑くてね、何とか凌げそうな場所を探し歩いたのさ、それが騒ぎになるとはね。

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 4歳児のコーチャン、今日はいろいろ掛け持ちでね。午前中は発達支援施設で生活指導を受けて、お昼にそこを中座して隣町にある療育施設で、小児言語療育プログラムを受けるそうでね。余談だけれど、自閉症児のコーチャンのために家族は様々な手づるを見つけては、可能な限りその機会を生かそうとしているのだけれど、一方、時間だけは限りあるものでね。特に一日24時間という枠で動かなければならないからね。だから、それぞれの施設で体験するという意味では、あちこちに手を伸ばすほどに、結果はいずこも中途半端になってしまうんだ。

 親爺さん、それは分かっているとさ。コーチャンが小児心理の専門医から発達障害という診断を受けてほぼ一年経ったんだ。最初は家族も茫然自失でね。ただ彼の両親は共に教職者。担任に自閉症スペクトラムと呼ばれる発達障害児や、そう疑われる生徒を抱えてもいたし、特別支援学級での研修経験もあったから、診断されたからと言って、嘆いて座り込んでしまったわけじゃないんだ。以来、親爺さんも加わっての取り組みを始めてね。

 今月の半ば、新たな専門医の門を叩く手はずになっているそうでね。その医師の意見を聞いた後で、つまりこれからの取り組みに選択と集中をしよう。そういうことなんだとさ。

 ではこの一年間の取り組みでどうだったか。実はよくわからないんだ。つまり、1年前に比べれば、彼の周囲の人達に対する振る舞いに、見るべき出来事が増えたよ。身の回りの始末に対する指示が、よく通じるようになってね。言葉のやり取りも、そう、日本人の多くが初めて出会った外国人と英語でやり取りするような、単語だけのね。そうかと思えば、テレビで聞き覚えた会話のフレーズを口にするよ。聞き覚えの歌も歌うしね。

 今日は、療育センターでのプログラムを終え、玄関で療育師と別れの挨拶の場でね、普段は手と手を打ち合わせるタッチをするんだとさ。今日はそれに合わせて「どうもありがとう」。そんな言葉が自然に出てね、療育師さん、涙ぐんでいたとさ。

 そういう出来事が増えてはいるんだ。けれど、先日も話した、食に対する課題や、自分の名前を言えないような、仲間の園児と同じ動作をしないとか。2歳児並みの行動だろうね。

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 明日は保育園でシニア・イベントが開かれるとか。爺ちゃん、婆ちゃんに園児がお遊戯や歌を聴かせる。だから出席を・・・。コーチャン、そういったイベントが本当に苦痛らしくてね。毎年、両耳を手のひらで覆って、舞台で立ち尽くしているよ。だから、皆で揃ってのパフォーマンスができなくて保育士さん、「お爺ちゃん、その際は彼を宜しく」。つまりは不穏な動きをしないように、どこかで面倒見てろってこと。

 彼には園児仲間の金切り声や、大音量で流す音楽が苦痛らしいね。そういえば、保育園や学校の周囲からの「煩い、五月蝿い」。そんなクレーマーに親爺さん世代が多いそうだよね。

 処で最初の「ココどこへ行っていた?」騒ぎはね、つまり施設に行かねばならない間際になって、アタシが行方不明になったと。だから親爺さん、アタシを探して街を走り回ったらしいよ。出かける時間間際まで探して見つからないものだから、諦めてマユちゃんの車に乗り込んだ。その気配に”お出かけ?”ってアタシが顔を出したものだからね。「心配させるな!」だってさ。

 

 

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子育て

 今朝も昨日と似たような空模様。それでも少しは陽射しがあるかな。散歩には出たけれど、早々に切り上げたよ。なんとなく気が載らなくてね。

 親爺さん?。いつもと変わらずさ。家事と孫守り、その合間は自室でラップトップ膝に載せてね。アタシが覗いた時は居眠りしてた。親爺さん、庭に草が蔓延ってるよ。鉢のトマトも枯れてるよ。「分かっているよ!」。どうも気が載らなさそう。

 先日も触れたけれど、今の親爺さんはほぼ完全に主夫だね。主婦がいるじゃないかって。母さんはリタイアしてしまったしね。マユちゃんが後継者で今は産休中だから家にいるけれどね。じゃあ、少しは主婦役をつとめられるんじゃないか。いやいや。数十分間隔で何かを要求して泣き声あげる存在がね、彼女を24時間、傍に釘付けにしているんだ。”あ〜あ、仕事してるほうが楽”と彼女が愚痴ったとしても、理解はできるよ。

Img_8342  だから親爺さん、子育てはケンニャン夫婦の義務だし、育児の方針も彼ら夫婦が決めることだけれど、それに沿って求められることは、体力が可能な限りの手助けを惜しんではいないそうだよ。それでもアタシにはボヤくよ。「こんなにキツイとは・・・」。


  先日、施設を訪ねた折、母さんに言ったとさ。「今、息子達夫婦の育児をサポートしていることはいつも話すけれど、それにしてもつくづく思うよ。あなたは独りでよくやったね。よくやった」。ぼ〜っと窓の外を眺めていた母さん、黙って握手の手を伸ばしてきたとさ。

 そうなんだとさ。核家族生活で、周囲に手を貸してくれる親族もなくママ友は競争相手でね。当時の親爺さんは仕事に追われてね。公務員なのに休日もなく働いていたから母さん、家事育児、教育の全てを担っていたんだとさ。「もう育児は一回で沢山」。だから息子のケンニャン、一人っ子なんだとさ。

 今、親爺さんは自分の体験で、当時の母さんの苦労を理解し始めた処らしくてね。「子育てを終えた後の母さん、勝手し放題。それが故で今じゃ施設で車椅子生活に」。それも自業自得じゃないかと思っていたそうだけれど、ここ最近は、よく頑張ってくれた。そういう目でも母さんを見ているそうなんだ。

 

 

 

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