古民家
若葉区と八街の境。落花生の畑が広がる村落を歩いた。ひと休みした場所で、道の脇に解体材が積み上げてあった。其れ自体、目を引くことでもないのだが、木材一本一本に番号や、何かが記載された荷札がつけられてた。 暫くすると、さらに同様な木材がトラックで運ばれてきたが、その木材から受ける印象とは違い、丁寧慎重に下ろされた。
何ダ何ダ?。好奇心に負けて聞いてみた。
古民家。新潟から運んで来た。移築です。 ( ´_ゝ`)フーン
後日、その場所を訪ねて見たら、確かに再建されていた。縁側外周の雨戸を廻らす部分がアルミサッシになり、千葉では見掛けない軒の深い大屋根の家だ。
家人に話しかけて見た。意外だったのが20代の女性で、ご主人も同世代という。土地っ子で、クルマやサーフィンなど多趣味なんだそうで、その延長線上に古民家の移築が在ったと言う。 ログハウスは、私も憧れているので判らなくもないが、何故、古民家に?とは思った。
国道51号線を若葉区若松町辺りで横切り、八街方向へ延びる幅5、5mの直線道路を、御成街道 という。この道路は、徳川家康が鷹狩りへの道行きに使ったとかなんとか。。。この街道の説明は他の方の記述に委ねる。
この街道には数軒の古民家がある。長沼町にもあった。市内でも外周域の集落には、古民家、否、人が住んでいる現役の家だから古、ではなく築○○年と言うべきか、が今も健在だ。いずれも立派な長屋門を構えている。恐れ多いので、何時も外から恐る恐る覗き込んだりするが、いずこも私には敷居が高い。
以前、数年間勤務した市の施設に、展示施設としてレプリカだが長屋門と古民家があった。見学に訪れる児童生徒に、今で言う昭和の田舎暮らしを説明する。皆のお祖父ちゃんの時代の生活は、こうだったんだよ!。そんな感じだ。
* 写真の古民家は、加曽利貝塚公園の展示物。
木製の脱穀器や杵、臼なども展示してあるのだが、古民家の説明に苦心する。ただ黙っていると、畳に寝転んだり走り回るだけだ。
考えたあげく、こうした。子供達に、この古民家の家族になってもらう。芝居だ。
さあ,暗くなった。戸締まりしよう。 先ず,木戸の閂(かん抜き)に戸惑う。次は雨戸。これも落とし貫での施錠が謎になる。簡単な仕組みだが、逆に知恵の輪になる。そうやって小一時間掛って戸締まりを終える。
朝だ。皆起きて、戸を開け放とう。 戸締まりとは逆を追えばいいのだが、それが苦手らしい。開かない開かないと大騒ぎ。大人にもやってみたら、出来ない人が多かった。件の移築された古民家が、木戸や雨戸をアルミサッシに変えてあったのも、隙間風対策ばかりではあるまい。多分、この手間に閉口したせいか?。
でも、あの漆黒の柱は本物の木だ。100年待って切り倒した木材は、100年、家を支えるという。言い得ている。
可愛いでしょ。でもね、手が掛るの、わたし!
(飼い主談)
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