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2018年11月12日 (月)

発達障害考

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  朝から降ったり止んだりの落ち着かない天気でね。虹が出たので親爺さん、カメラを取りに戻っている間に、消えてしまったんだ。
 
「人生、長く生きていると何があってもおかしくない」。
親爺さんのブログの師匠がね、しばしば使うフレーズなんだとさ。師匠は親爺さんより少しばかり若いんだそうだけれどね。

 親爺さんもその言葉には同意するとさ。正直な処、今までは学校の教育などで学級崩壊などという事例をニュースで見ると、それは担任の能力が低いからだろうとね、勝手な印象を作り上げていたとさ。けれど、家族が未だ発達段階にも関わらず発達障害。そのような診断を受けて以来、意外と身の回りにはそのような障害を持っていたり、それをコントロールして日々の生活を送る人々の多いことを知ってね。学級崩壊などという事例で、勝手に教室を出てしまう児童が、そのような障害下にある場合もあると聞けば、これは担任の能力だけでは片付けられない。そんな現実も見え始めているそうでね。

 親爺さん、少なくともこの課題では自分の人生の舵を切っている。そう自覚しているとさ。そしてこのブログで、敢えて家族内の課題を世に晒すことにしたのも、そんな障害児への理解者を見つけようと言う願いでもあるとさ。いずれにしても親爺さんの取り組みは未だ始まったばかりだけれど、思い返せば例年続けていた”親子防災キャンプ”や、現役時代の一時期、主宰した少年少女自然教室などで、全く他の児童と同じ行動を取らず、ボンヤリしているだけの参加者がいたものだけれど、その時はことを荒立てず、さりげなく見過ごしていたんだとさ。なぜって、同行する保護者が本人を過剰気味な程に叱咤激励していたからね。下手に口出しできる雰囲気ではなかったんだとさ。家族の苦闘する姿だったんだね。

 「本人の行動を否定しちゃダメなんだって」。
今朝、ケンニャンが親爺さんに話していたんだ。かれも職業柄、特別支援学級などに、インターンとして参加したり、最近、いろいろ勉強している様子でね。

 「ダメなことはダメと言わず、さりげなく場面転換を図るとか、出来たことは褒めてやるんだってさ」。
 その時親爺さん、お掃除ロボットが床を走り回っている様子を観察していたんだ。
最近のロボットは改良されているんだろうけれど、我が家のロボットは迷路を脱出できないんだ。何かにぶつかると、その周辺を何度もなんども繰り返して動き回るだけで、最後には止まってしまうんだ。
 その動きをコーチャンの行動に重ねて観ていたんだとさ。似ているってね。

 最近の彼は、アタシを追い回したりで、家族の中でもアタシがどう付き合っていいか困惑している存在なんだけれど、けれど振る舞いが可愛いんだ。決してその場で足踏みしている訳じゃないんだ。言葉の語彙も徐々に増えているしね。けれど一朝一夜には済みそうもないよ。

 今、アタシの家は彼を中心に回り始めているよ。そんな中でアタシが家族の注意を引くコツはね、前足で軽くズボンの裾をチョンチョンと触るんだ。すると「なんだいココ」。
 最近、その方法が吠えたり噛みついたりするよりも有効なことに気が付いたよ。可愛い子チャンぶってね。人と接する一番の得策だね。

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