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2018年11月11日 (日)

可能性を信じて

 今朝は久しぶりに日の出の期待で親爺さん、早起きしたよ。
と言っても事実はアタシが4時過ぎから吠えたんだ。外に怪しい気配を感じたからさ。その騒ぎで目を覚まして、その後は毛布抱えて椅子で眠り込んでいた。それが真相さ。その所為か、終日覇気がなかったね。

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 「昨日の首尾はどうだった?」。
朝食の席で親爺さんがケンニャンに話しかけていたよ。昨日、ケンニャン夫婦は息子のコーチャンを伴って千葉市へ行ったんだ。民間団体が主宰する障害児の支援活動をね、体験するためなんだ。

 親爺さんの目から見て、以前のケンニャン夫婦の育児は、どこか他人事のような、親に成りきれていないような言動が見受けられていたんだとさ。それを親爺さん、気にはなっていたんだけれど、親がどうあれケンニャンがそうであったように、”子供は自分で育つ”。親も我が子の成長と共に親らしくなる。だから育児の応援はするけれど静観の構えでいたんだとさ。

 けれどコーチャンの思いもかけぬ発達障害の宣告を受けて以来、ケンニャン夫婦は、それまでの育児に対する取り組みとは違い、我が子を成長させるための出来る限りの可能性を求めて、東奔西走を始めたんだ。もちろん親爺さんも夫婦の走る速度に合わせて、アクセルを踏む足に力を入れているとさ。

 「いろいろな刺激を与えて、手掛かりを探っていたよ」。
少人数の子供達に、オモチャを始め興味を持ちそうな多様な刺激になる品物や、働きかけを、それぞれが短時間な単位で本人に提示したそうなんだ。

 親爺さん、コーチャンが指摘された発達遅れは、もっぱら言葉が中心と見ていたけれど、脳内で言葉が思考や動作と繋がっていないんだろうね。周囲からの話掛けに反応を示さないんだ。医学的にも原因や対処法がわかっていないそうでね。
 そこで様々な考え方による対処法が提案されているんだろうけれど、脳の発達は外部からの刺激によるという認識は共有されているんだとさ。だから先ずは刺激を与えようとね。

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 コーチャンが現在受けているプログラムは、保育園と発達支援施設。保育園は同年齢の幼児に均等な刺激を与えているんだ。歌を歌ったりお遊戯させたりとね。一方、発達支援施設は、生活動作を訓練で身につけさせる。そのための強いる刺激なんだね。最近、カバンを自分で持ち運びできるようになったのも、その訓練の成果なんだろうね。

 親爺さん、そのどちらもコーチャンに有益だと見ているそうでね。
そして昨日のグループ施設では、例えて言えば、テレビのチャンネルを目まぐるしく変えながら、本人がどのような番組に反応するか、それを見極めて、対処の手掛かりにしようという、そんな感じのプログラムを体験したんだとさ。まあ、皆と同じ動作が出来ないなら、出来る動作を見つけよう、と言うことなんだろうね。

 其の場に同席していない親爺さん、わかり易い取り組み方だけれど、一方、いかにも民間経営の塾的な成果の強調になるんじゃないか?と、やや斜めに見ているんだとさ。”ほら、算数に取り組むようになったでしょ”ってね。
 けれどそれは言われたようにしている結果であって、本人の思考回路が自発的に動き出したという断定にはならないからね。それでも大進歩さ。

 ともあれ藁にも縋る思いはケンニャン夫婦と変わらぬ親爺さん、夫婦の千葉市へ通う決心を尊重もするし、一緒に汗も流す覚悟だとさ。

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