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2019年10月 2日 (水)

看取り

  昨夜は玄関の外で寝込んでしまってね。星がきれいに見えていた所為だよ。けれど今朝、目覚めてビックリ。数十メートル先も霞んでしまう程の濃い霧に覆われて、アタシの体毛はグッショリ濡れていたんだ。気温は20度。風は無かったよ。

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 散歩に出た親爺さんのシャツも、家に戻ったころにはシットリ濡れていたよ。見なれた風景も霧に隠されて、この街を知らぬ人なら先行きの見通しを、目を凝らして懸命に見るだろうね。

 「院長の問診があります。来てください」。母さんが入所している特養から電話でね。今までの施設では、医師と定期的に面談して今後の治療や看護方針について話し合う機会があったんだ。今回も同様と思った親爺さん、指定された時間に施設へ出かけていったよ。

 「ご主人だけ来てください」。母さんと部屋で話をしている処で呼び出されてね。本人はいいのかしらね。廊下の端の部屋に通されて、この施設の医師と対面した親爺さん、意外な話の始まりにビックリ。

 医師の手元に一枚のチェックリストがあってね、その項目に沿って話を交わすんだとさ。「奥さんの看取りですが・・・」。看取りって、まだピンピンしているよ。本人も死ぬ気などサラサラないと思うけれどね。「看取りについて、貴方の方針というか希望というか・・・」。戸惑っている親爺さんに向かって、「ここに来るまでに何度か脳梗塞を発症していますね。血圧も問題です・・・」とまあ、いままで世話になった施設の医師からの申し送りを見ながら言うんだ。「2度ある事は3度ある。これからも可能性は捨てきれないし、その度に悪化の度合いは進むでしょう。次に発症した時、病院へ送って延命治療を希望しますか。それともここで看取りますか?」。

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 親爺さん、これまで母さんを受け入れてくれた施設と、特養の違いを理解していなかったようだね。これまでの施設は治療や日常生活復帰を目的とした施設とすれば、特養は、入所期間に制約がない、というだけではないんだね。これまでの施設が目指した目的を果たせる見込みがない。残されているのは、人生の終末まで、家族の介護の負担を軽減し、本人を平安な環境に置く。来るべき日まで。

 親爺さん、そのことを知らない訳じゃない。世間では、施設に頼らず在宅介護に傾注している人たちの苦労話で溢れているとさ。親爺さん、そんな話を耳にする度に、母さんを施設に委ねていることが後ろめたく感じてしまうそうでね。けれどそうするしかしょうがないんだと自分に言い聞かせているんだとさ。それゆえか、特養を看取りの施設とは思いたくなくて、母さんの日々の質を維持する。それを目的にと思っているそうなんだ。終末を直視しない、ある意味現実逃避的思考だね。

 「この後に及んでそんな優柔不断は許されないよ。事実を直視・・・」。親爺さんと対面している医者がそんなことは言ってはいないとさ。けれど、今日の問診は間違いなく、母さんの終末期にどう看取るのか。チューブに繋ぐような延命処置を施してほしいのか?。

 そんな事、今答えろと言われても・・・。年齢で見れば親爺さんが母さんに看取られる筈だよ。其れなのに何だい。問診を終え、ダイニングで他の入所者と昼食を待っている母さんの肩をポンと叩いて、何も言わずに施設を後にしたとさ。医者には、優等生的な答弁をしたとさ。

 

 

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