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2019年11月15日 (金)

声援

 ”パン、パン”。玄関を出た途端の銃声にアタシは仰天したよ。咄嗟に開いていたドアから家の中に駆け込んだんだ。「そうか、今日から狩猟の解禁だ」。思い出したように親爺さんが言ったよ。狩猟の解禁なんて、だいたい肝心の獲物になるカモがどこにいるんだい。ここらじゃ、まだ1羽も見かけてないよ。多分、気の早いハンターが、川岸に来てみたけれど鳥影もないので、腹立ちまぎれに撃ったんだよ。住宅地の近隣だというのにね。全く迷惑なことさ。

 「今日、人手が足りないので・・・」、「何をすれば?」、「コーチャンに付き添って・・・」、「走れってことですね」、「まあ・・・」。

 今日は保育園のマラソン大会なんだとさ。いつものようにコーチャンを保育園に送り届けた親爺さんに、保育士さんが言ったんだとさ。突然の事だけれどいつも手間を掛けている負い目もあってね、親爺さん、それに応えることにしたそうなんだ。コーチャン、身体を動かすことは大好きだけれど、皆んなと一緒に・・・そう仕組まれたことには背を向けるんだ。其れ故自閉症とされている理由なんだけれどね。

 親爺さんが見た今日のコーチャンは、スイッチの切れたピノキオだとさ。いつものコーチャンの表情は消え、無表情で目は虚ろ。促されても反応なし。これじゃあ保育園としても手の下しようがないよね。親爺さん、寝てる子を無理やり起こして走らせるように、声をかけ手を引いて一緒に走ったそうだよ。時折スイッチが入るのか、「走れ、走れ」と自ら気合をいれながら、けれどそれが長続きしないんだね。突然立ち止まって、そのまま棒立ちだとさ。すかさず親爺さんが「オイオイ、走ろうよ」って声かけしたとさ。

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   *  今日の写真じゃありません。

  施設の園舎の周囲を周回するコースで、園庭にギャラリーが設けられて、そこに保護者や関係者、園児が目前を走り過ぎる我が子に声援を送っていたとさ。そのギャラリーの面前を爺さんに手を引かれてコーチャンが走り過ぎると、俄然、親爺さんの手を離して走り出し、園庭を抜けると力が抜ける。それでも親爺さんは彼と手を取り合って走らせ続けていたとさ。

 「コーチャン頑張れ、コーチャン・・・」。何周目だろうか。親爺さんがコーチャンに付き添って園庭に走り込んだ時、園児や保護者、多分その場にいた大半の人々が、そんな声援を送ってくれたんだとさ。すでに周回遅れの彼が再び姿を表すと、その度に大きな声援でね。普通ならその声援に反応するものだけれど、彼は立ち止まって笑顔を見せるのみだったとさ。

 マラソンが終わって一休みしているコーチャンに、何人もの園児が駆け寄って声をかけていたとさ。その時親爺さん、息も絶え絶えながら思ったとさ。この子は幸せな子だなあってね。障害を抱えてはいるけれど、あったかい人間関係の中にいるからね。

 昼過ぎ、親爺さんは保育園を後にして、母さんの入所している特養を訪ねたそうだよ。丁度食後の一時らしく、同じ組の老人達と席を同じくしてテレビを見るともなく観ていたそうなんだ。最近は週に一度のペースで面会しては、孫達の話題を伝えているそうだけれど、何故か「ココはどうしてる?」。聞き返すのはアタシのことなんだとさ。家にいた頃は、話す度に回数が増えるけれど、噛まれたことばかりの恨み節を言うんだ。だからアタシと母さんの関係は険悪なんじゃないかと、その話を聞く人たちには思われていたよ。親爺さん、アタシのことは宜しく伝えてくれているんだろうね。

 夕方、再び保育園にコーチャンを引き取りに立ち寄った親爺さんに保育士さん、「感動しました」。何が?。「あんなに皆がコーチャンに声援を送ったのを見て。コーチャン、皆に何か影響を与えているからなんでしょうね」。そうなのかな。

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