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2019年11月 8日 (金)

セカンドオピニオン

 ”セカンドピニオン”。この言葉が普及しているけれど、一体、いつ頃から使われるようになったんだろうね。今朝は一昨日同様、東の方角に雲の壁があって、頭上は快晴だけれど日の出の撮影は成らなかったよ。それでも利根川を超えて対岸から聞こえる海鳴りは、今朝は聞き取れなかったから、多分、海は凪なんだろうね。

 今日の親爺さん、午前中から庭で芝生の縁刈りをやっていたよ。なかなか手につかなかった秋の庭仕事だけれど、今済ませておかないと時季を失してしまうからね。

 そんな時、「11日に手術を受けることに決めました」と、声が掛かったよ。マユちゃんの父親がね、孫の髪の毛で筆を作るとかでね、入院してしまうと、その時季も失してしまうからと、理髪店にアキちゃんを連れて行くためにウチに立ち寄ったんだ。結論を言えば、未だ筆にする程髪の量がないということでね、筆作りは成らなかったんだ。残念。

 孫のお宮参りや七五三祝い、お食い初めに筆作りもそうだけれど、そういった習慣には忠実なマユちゃんの実家だけれど、親爺さんからはまず、言い出さないね。もちろんその時は同席しているんだけれどね。キリスト教系にもそれに似た習慣はあるよ。例えば幼児洗礼とかね。息子であるケンニャンの場合はその習慣で執り行ったんだとさ。けれど孫の場合はケンニャン夫婦の意思を尊重して、親爺さんは見守りに徹しているんだそうでね。なぜって、毎日、孫育で「これ以上は勘弁してくれや」っていうのが本音なんだとさ。

 処で手術の件だけれど、数日前、検査結果が知らされて大いに動揺したマユちゃんの実家ではね、その診断に懐疑的だから、という訳じゃあないんだとさ。写真でも、細胞検査でも、残念ながら疑いの余地はなかったとさ。その結果に動揺する本人は、だから世間の付き合いある人々に語ったんだ。当然のごとく、様々な助言が寄せられてね。「あの病院はね・・・」。何故か診断を下した医療機関を高評価する意見がないんだとさ。だからセカンドオピニオンなる言葉が交わされたんだね。親爺さんもそれに一言加わったそうなんだ。

 もちろん症例によっては、誤診の可能性もあるだろうし、診断結果を信じたくない当事者の思いもあるだろうね。どこか期待を寄せる新たな医療機関を求める気持ちが、セカンドオピニオンという言葉に繋がってね。けれど誤診の可能性は先ずないとさ。するとセカンドピニオンに何を求めるのか。

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 親爺さんはね、処置の仕方に医師の考え方が反映されているなら、それについて意見を異にする別の医師もいるかもしれない。術後のより良い生活に期する方策を、患者自身が選ぶのも一考。そういう意見を話したとさ。

 そんなやり取りは数日前のことでね。「初診の医療機関でそのまま続けます」。そう決断したそうでね。ではこれ以上、病院の評価は弊害こそあれ、回復の役に立つことはないよね。マユちゃんの父親は律儀な人でね。車を買う場合、信頼したというか、義理人情に弱いというか、同じセールスマン以外からは買おうとしない人なんだ。だから医師の場合もそうなんだろうね。「もう手配はしましたよ」って言われて、「じゃあお願いします」という流れだったとさ。

 

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