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2019年11月21日 (木)

振り返れば丸一年

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 「覚えていますか?」。今朝のことさ。作業服姿の男性が玄関前で親爺さんに挨拶したんだ。「覚えていますよ。下水管渠移設工事の現場代理人さんでしょ」と親爺さんが応じたよ。この男性が我が家に姿を出したのは去年の今頃だったかな。あれから1年。半年程で終わる筈の工事が手間取ってようやく今日、竣工したんだとさ。最初から分かっていただろうけれど、利根川縁の軟弱地盤。その掘削に手を焼いていた様子でね。「あの、御宅の家屋に何か?」。男性が親爺さんに恐る恐る尋ねていたよ。杭打ちや管渠の破砕で使用した破砕機の振動でね、家屋に影響がでてはと、工事着工前に測量調査をやっていたんだよ。その意味では竣工後、再度測量してデーターの異変チェックを要求するべきだろうけれど、親爺さん、そんな意地悪するつもりはなさそうで、「大丈夫な様子ですよ。ご苦労様」。親爺さん、これまでの人生で意地悪じゃないけれど、過度に他人に厳しく対処したことが何度かあるそうでね。それはそういうことで一件落着したんだけれど、全く別件で逆の目にも遭ったそうでね。だから因果応報になるから、最近は何事もなくご苦労様で済ませるんだとさ。

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 工事の終わった元芝生広場は中央にマンホールが煙突のように一本、立っているよ。高さが3m程の筒状のマンホール。本来は道路躯体に埋め込まれ蓋が路面と面一になるんだけれど、未だ盛り土された道路躯体ができていないから、先行状態で地面から突き出した煙突状の有様になっているんだ。懸案のバイパスが施行されれば、そのマンホールは道路の中に埋め込まれ、言い換えれば今までの芝生広場から3m高く盛られた土手ができて、利根川と仕切られてしまうんだよ。とにかく今は以前の芝生広場に戻ったかのように、どこからか年寄りが集まって利根川を眺めていたよ。

 処で丸一年と言えば母さんのこと。昨年の今日、親爺さんに連れられ病院へ行ったっきり未だに戻ってはこないんだ。そのまま病院生活に入ったことは聞いているけれどね。親爺さんが言うんだ。結局延べ三つの医療機関で診断を受け入院治療やリハビリを受けて、でもそれ以上の悪化こそ防げたけれど回復のめどなく、だから今は介護施設で暮らしている。この間丸一年、今日まで母さん自身が自らについて判断してはいないんだ。ずっと親爺さんに仕切られて、神輿ならぬベッドに寝たまま今の状況に流れてきたようなものさ。母さんを介護施設に入れたお陰で親爺さん、一日に1時間程度は居眠りできる環境を得たけれど、一人の人格の扱い方として、それはどうなの?。そう親爺さん、そこに思いをはせるが故、日々自問自答の毎日だとさ。

 この状態がいつまで続くか、神様のみご存知だろうけれど、親爺さんにとってアッと言う間の丸一年だったとさ。 

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