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2019年12月13日 (金)

カウンセリング

 さて、ここ数日のコーチャンの異様な振舞いを目前にして、家族の緊張は高まっているのだけれど、その流れで発達支援を手がけるとある診療所を訪ねたとさ。当事者として本人と母親。親爺さんは赤ん坊のアキちゃんの面倒見役での同行でね。

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 発達障害というケースを扱う医療施設は多くはないよ。一方の対象者は、10人に1人の割合とも言われているよ。昔は単にうすらバカ扱いされていたのだろうけれど、最近は、かなり事例研究が進んで他者と能力の傾向が異なったり、同年齢で同列に並んだ時、同じ事が出来ない。あるいはまだ能力が追いついていない。そういう人物が発達障害者に区別されるようになったんだ。区別枠ができたという事は、区別に割り振る事例のの掘り起こしもより積極的になったという事でね。

 実は臨床の立場に立つ医療関係者は、コーチャンの通う保育園を、意識高い系と観ているそうでね。その意識とは、親の子供に対する期待をより具現化するに熱心ということなんだ。決して差別的な扱いをしている訳ではなく、むしろ物事の兆候をより早期に見出し、早期の対処に繋げるという教育思想で幼児保育がおこなわれているということでね。だから同年齢の幼児全員に課したパフォーマンスで、行動に差異があれば、即関連する医療機関への受診を躊躇せず勧めている様子なんだ。一方、臨床系の施設では、そんなに短兵急に事例を送り込まれても・・・。そういう認識なんだね。

 最近、我が家でも理解し始めた事は、脳の先天的な成長の差異だから医療的にどうこうできることじゃない。表現は悪いが、動物を訓練するに似て単純な物事を、時間をかけてゆっくり理解させよう。能力を獲得させよう。そういう事なんだね。ケースバイケースの姿勢なんだ。

 ただ、そうはいっても直ぐに教育の場に入る訳でね、日常生活における習慣動作は、多少とも身につけていなければどうにもならない。それに取り組むのが発達支援センターという施設なんだ。幼児期は保育園と発達支援センター。そして学齢期は支援学校や支援クラス。後はどうなるだろうか。その子の置かれた環境と運次第?。

 こんな枠組みの中で、今日、小児発達障害と取り組む医師が語った事は、本人ではなく保護者に対するカウンセリングだろうね。日々の出来事に一喜一憂せず、時間がかかることを受け入れて、じっくり取り組みましょう。そういう事でね。加えて発達障害児には、ある日突然にできなかった能力に目覚める事例があって、例えば言語能力などは、周囲の話は理解しても、自分から発言できない。まるで日本人の英語能力そっくりな話さ。それがある日、しかも突然に噴出すように英語が出てくる。

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 今は夢のような話だけれど、やはりある日、保育園から突然話しかけられて、他の園児に比べて・・・で、小児科を受診したほうが・・・。その時の家族の受ける衝撃は・・・表現できないよね。今日の医師は、そんな家族を数多く診ているということなんだ。

 ここ数日のコーチャンの振舞い。災い転じて福となせるか。家族皆、知恵を絞っているところさ。

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