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2019年12月15日 (日)

何かが変わった

 もう6時半だというのに家の外は未だ薄暗くて、家の中では家族の寝息がしていたよ。そこへ親爺さんの足音が聞こえてね、だからアタシも外出の気構えで玄関へ。けれど親爺さんだけが外へ出たよ。「猟の銃声がすると怖いからね」。そう言い残して親爺さん、カメラを持って独り利根川岸に出て行ったよ。日曜だからね、利根川上流で銃を撃つ音がするかもしれないものね。納得だよ。

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 さて、またまたコーチャンの話をさせてもらうよ。昨日、彼は1日機嫌よく過ごしたらしいけれど、やはり帰宅した際、家に入りたがらず、入っても駄々をこねていたんだ。そして今日、元気に起きて家族全員で食卓を囲んでね。まあまあの出だしさ。

 午前中、コーチャンは両親につれられ、利根川の対岸にある街のお気に入りの公園へ行ったとさ。機嫌よく遊んでいたけれど、帰宅する段になってひと騒ぎ。帰宅しても抵抗して家に入らず、だからそのまま近所のスウィミングスクールへ連れて行かれたよ。先月から月一で通い始め、今日は予定されていたその日なんだ。今日は母親が彼とプールに浸かり、父親はそれを見守っていたそうでね。月齢五ヶ月のアキちゃんは、家に置いていかれてしまったから、アタシと親爺さんがベビーシッター役さ。

 プールでは我を忘れてはしゃぎまわったと聞いたけれど、帰宅して再び大騒ぎさ。二階の自室には決して入ろうとせず、お気に入りの品々に目もくれず、ひたすら両親に纏わり付いていたよ。

 実はそこで皆はあることに気づいたんだ。一つは言語不明瞭で理解できないコーチャン語の発声が減っていたんだ。代わりに自分の要求を言葉で表していたんだよ。それは突然始まったことだけれど、皆は意識せず受け答えていたから、直ぐにはその事実に誰も気づかなかったんだ。それに彼の騒ぎ方が、よく幼子が駄々をこねているように、大人との駆け引きになっていたんだ。つまり、普通の子がやるような振る舞いでね。勿論同年齢の子供達とは比べようもないけれど、彼の先週までの振る舞いと比べれば、言葉のやり取りが成立し始めているじゃない。

 そうさ、どうやら彼は家族の会話を理解できている様子さ。それに対して反応するようになったんだ。自閉症児にとてもっとも困難だった自己の意思表示を、コーチャンは言葉に出せるようになった。そう見えるね。つまり英語で応答するのと同じだね。知っている単語が少ないから、それに見あった表現しかできないのに似ているよ。ということは、今後彼が耳にする語彙が蓄積されれば、それ相応に話せるようになるかもしれない。発達障害で療育やカウンセリングを引き受けてくれている専門家からは、こう聞かされていたんだ。

 「知的障害でなければ、ある時から突然、話し出しますよ」ってね。

 

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