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2021年7月10日 (土)

別人のよう

 自閉症スペクトラムである我が家のコーチャン、平日の夕方、放課後デイケア施設の職員に送られて帰宅する。その時の彼は、玄関先で出迎えるアタシや親爺さんにはとてもリラックスして観えるよ。遠ざかって行く施設の車に「さよなら」と声をあげてね。彼がその施設に行くことを、とても楽しんでいることは、彼の様子から伺い知れるよ。特にスタッフの一人の名前を盛んに口にするんだ。好きなんだね。

 今日はコーチャン、午後、父親に連れられて隣町にある療育センターへ出かけたよ。そこへは既に4年近く月に数度の頻度で通っているんだ。言語療育プログラムを受けるためにね。親爺さんや母親が連れて行く時もあるよ。まあその時の都合でね。その施設の療育指導員に家族は厚い信頼を置いているよ。何故ならコーチャンが毎回、その指導員を見るなり、駆け寄って抱きつくそうでね。今から思えば、その療育センターでのプログラムを受けたからこそ、数年前とは見るからに彼が成長して、陽気におしゃべりもするようになったからね。そんなこともあって、その療育センターへ彼を連れて行ったことを良かったと思っているんだ。銚子市の発達支援センターに通所した時も、送迎バスに彼は楽しそうに乗り込んで行ったとさ。

 千葉市での療育教室参加では、指導員が目まぐるしく変わるので親爺さん、少し不信感を持ってはいたけれど、療育プログラムを受けるコーチャンの態度自体は、楽しんでいる様子だったとさ。

 つまり、彼が楽しんで取り組むことができた事が、彼の成長に繋がっていることは明らか。家族はそう観ているよ。ここまでは、とにかく専門家や必要な知識を持つ人たちが、コーチャンの相手をしてくれていたからね。

 今日、父親のケンニャンが療育センターの指導員から衝撃的な話を聞かされたんだとさ。その指導員は、専門家の立場で担当する患者の学校や施設に赴き、そこでの患者の様子から、学校当事者に助言するんだとさ。その訪問のアレンジは家族が整えるのだけれど、コーチャンの両親、やや不安な気配だったよ。それは同じ教職員だからこそ知る学校現場の雰囲気にね、そういった外部の助言を干渉として嫌う現実があることを承知しているからなんだね。親爺さん、ケンニャン夫婦の会話を耳にして、二人が学校現場に身を置くが故、学校の都合に対して物分かりの良過ぎると感じるような時があるんだとさ。同業に対する遠慮なんだろうか?。

 見方を変えれば、学校現場に身を置くが故に、我が子の庇護者として学校に物申せぬ、そんなケンニャン夫婦のもどかさ、不自由が観て取れるとさ。なにしろ名目上、普通学校の中に特別支援クラスを持って、今回は専任教諭もコーチャンのために配属してくれているんだ。外部の専門家の助言など不要などとは言わぬまでも、学校当局者にはよけいなお世話、なんだろうね。そもそも論でいえば、そんな手のかかる児童は歓迎していないんだろうね。教員ではない親爺さんでも、そんな本音は理解するとさ。

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 さて、療育センターの指導員が話したことは、訪問日に学校で見聞きしたコーチャン、教室では終始無言、無反応だったそうでね。その療育指導員の知るコーチャンとは別人だったそうだよ。学校当事者は、話さない、話せない、できない、食べないと、つまりは手の施しようがないと言わんばかり。だから専任教諭と終日一対一。給食や指導なども彼一人別室で。それほどまで手をつくしているのに・・・という反応だったそうなんだ。

 親爺さん、ケンニャンの話を聞いて思ったとさ。発達傷害と知ったこの5年、自閉症シンドロームを学んで知った対処法は、”本人が”興味を示し、そしてやろうとすること”を先ずは探し出し、それを支え見守る。     

 もともと知能発達に遅れがあるんだから、普通児童に対する同じ指導が理解できる筈がない。誰だって、できないことを日々強いられ続ければ、しかもできないからと他のクラスメートとは別扱い。たった一人の教室で教諭と一対一。自閉症児にとっては殻に閉じこもる条件が整い過ぎている。学校でのコーチャン、身の置き所も。心を開いて笑顔になれる人もいない状況なんだとね。

 蛇足だけれどケンニャン、親爺さんにこうも話したそうだよ。学校でコーチャンに付ききりの特別支援児担当教諭は、産休教師の代用講師で、一年限りの任用なんだとさ。どこの学校も、支援担当には新人や、ある意味、普通クラスでの指導能力に疑問符がつくような、つまり、自閉症児の指導に対する知識も経験も乏しく、この先の改善は見込めない。そういうことなんだね。

 そう言えば親爺さんが観ているYou Tubeの動画に、自閉症指導の経験者が発信する動画があって、そこでこう話されていたとさ。「いい先生に出会うか否か、正に運任せ」。コーチャン、外したのかも。先日話すともなくケンニャンと親爺さんが話していたけれど、このまま来年度も現状が継続するなら、特別支援学校への転校を検討することもありか。ケンニャン、既にそれを視野に入れているような素振りだったよ。

 発達傷害に限らず、障害者教育に対する最大の壁であり課題が、それを理解して真摯に取り組む人材が希だということのようだよ。

 

 

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