グルメ・クッキング

2015年3月15日 (日)

料理

 朝、僅かな間、朝陽が顔を出してはいたけれど、お昼が近づく頃には完全な曇り空になってね。結局夕方迄何とか保っには保ったんだけれど、今にも降りそうな空模様だったよ。

 散歩する頃にはウグイスの鳴き声と、親爺さんのクシャミの音だけが響いていたんだ。このシーズン、例年に比べて花粉症が酷い様子でね。目をさかんにこすっているよ。ケンニャンも職場がスギ林の多い地域だからね、やはり辛そうだよ。

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 毎日、同じ事を話しているけれど、朝晩の食事は親爺さんが作っているんだ。
これまでの処、皆が揃って親爺さんの調理した物を食べた事がないんだ。遅くなるからって、外食したり、医者から止められたからと手を付けなかったり、差し入れされた食材でお腹が一杯になったり、出来合いの調理品を食べたりでね。
 
 カレーもシチューも、結果的に数日間かけて、親爺さんが独りで食べたよ。
親爺さん、料理の味音痴じゃあないよ。独身時代もそうだけれど、数年前の単身赴任の期間、毎日自炊していたそうだからね。ただ、男の手料理を自慢するような技量は持ち合わせていないんだ。お腹の必要を満たすための料理だね。

 それに比べればマユちゃんの父さんはね、男の手料理好き派でね。時折、寿司をにぎったり炊き込みご飯を作ってね、娘夫婦に差し入れしてくれるのさ。親爺さん達もお相伴にあずかってね。評判は良いよ。

 ケンニャンも時折料理をするよ。海外にいた頃、友人達から教わったらしいエスニック系の料理が多いね。親爺さん、悪くはないって。

 マユちゃんは、冷蔵庫に有り合わせの食品で何かをチョイチョイとこしらえるんだけれど、それが好評でね。色々な味をプラスするから結果、濃いめの味付け。典型的な銚子ッ子の味だね。銚子っ子は濃い味が好みらしいんだ。
 
 母さんの料理は学校給食。そう言っておくよ。その癖、本人は食べ歩きが好きでね、それが過ぎて病気になって、体調が改善されたらまた、食べ歩く。
 ここ数日、ようやく味覚が徐々に戻って来たとかでね。そしたら親爺さんに、リハビリがてら外出すると言い残して出掛けたよ。
 夕方戻ってきたからアタシが聞いたら、犬吠埼で気になっていた民宿があって、そこで煮物を買ってきたんだって。観たらね、味付けの濃い様子さ。懲りない人だよ。
  * 母さんの誕生祝い  銚子茶屋で

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 その時、港で出合った釣り人から烏賊を一匹戴いたそうでね。親爺さんに渡して「何とかしておくれ」って。親爺さん、烏賊を料理したことなぞないからね。しょうがないさ。まな板の上で切り開いてね、オーブンで焼いたんだ。それだけ。
 端を少し齧ってみたら、噛んでいるうちに塩味が出て、素朴な美味さがあったよ。

 そんな訳でね、今夜は豚汁をつくるんだってさ。親爺さん、経験あるの?。
ネットのレシピを参考にするってさ。またまた独りで食べ続けることになるんじゃない。既に母さんは、自分で買って来た煮物を抱え込んでいるよ。


2014年7月 3日 (木)

工夫

 お天気は下り坂なようだね。その所為か今朝は曇り空。午後にかけて雲は厚くなり南から吹き込む風も強くなってきたよ。
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 処で親父さん、この秋に向けた企画のために動き回っているんだそうだけれど、何故夏のためには?。アタシはそう思ったよ。
 あっさり「暑いからさ!」だって。そうか。何となくアタシにも納得できるような気がするよ。「それに街じゃお祭りもあるしね」。成る程。

 その秋なんだけれど、企画の一つに”防災キャンプ”というものがあってね。旭市でのボランティア活動で親父さんもお付き合いしている人達と、親子キャンプ体験イベントをやろうということでね。今はその構想やプログラムの素案づくりを進めているんだそうでね。”防災”なんて言葉をつけると、何か特殊なイメージなんだけれど、要は”不自由”を体験することが、災害時の対処を考える一助になるでしょ。そう言うことなんだそうでね。

 その具体的なイメージと対処法について、親父さん、いろんな人と意見交換している処なんだよ。例えば火起こしなんてね。最近、我が家でそうなんだけれど、オール電化だから火を使わないんだ。だからマッチもライターも常備していないんだよ。ロウソクはあるけれど、どうして火を点すつもりなんだか。それに対する対処法を考える必要があるんだってさ。家庭に普通にある物を組み合わせて火を点せなけりゃね。誰かその方法を知らない?。

 津波が引いた後の道路に魚が跳ねていたそうだよ。その場で魚を拾うような人はいないだろうけれど、食べる物がなけりゃ、数日後にでも拾うかもしれないね。それをペットに与える?。自分が食べる?。ともかく何とか利用を考えなけりゃね。
 孤島のサバイバルキャンプじゃないから、生きるか死ぬかとまでのシナリオを描く訳じゃないそうだけれど、今、街でライフラインが全て死んでしまったとして、親子が共に考え出すことのできるような、そんな事例をプログラムにしたいそうなんだ。
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 親父さん、こんな話を思い出すそうだよ。
趣味の帆掛け船遊びではね、不自由を楽しむそうなんだ。エンジンに頼らず風を利用して船を動かし、バッテリーの電気を節約するためにランプを点けて。搭載できる水に限りがあるから、一人一日2リットルを限度の割当で、全てを賄うとか。
 最近の船遊びの事は知らないってさ。何しろテレビ、冷蔵庫に電子レンジまであるそうだからね。それでも、搭載した物を消費し尽くせば、陸で補給するしかないよ。そんな時、洋上で風も吹かず、エンジンも動かなけりゃどうするの、っていう状況は、帆掛け船乗りの等しく共有する危機意識だそうでね。だから、十分水を搭載しても尚、2リットルの割当制限には従うんだって。

 昔、石原慎太郎氏の著書に書かれていたエピソードがあるよ。
彼がヨットオーナーである事は、帆掛け船乗りの知る処だけれど、クルーに対しては体育会系的に厳しいそうでね。一人の新米クルーがね、艇に搭載した水の管理を任されていたそうなんだ。その新米クルーは、常に艇の水タンクを満タンにしておくよう指示されていたからだろうけれど、航海中、水を消費する度に、予備に積み込んだポリタンクの水をね、搭載タンクに注ぎ込んでいたんだって。
 ある時、それを聞いた石原氏は、即時にクルーを下船させ、追放したんだそうだよ。もし、遭難して船を捨て、救命筏に乗り移る状況になった時、筏に移す最重要品目はポリタンクの水。つまり、予備に積み込むポリタンクは最後迄温存しなければならないという意識。それが欠けていたから、という訳なんだって。
 
 それがどうしたって?。いや親父さん、偶々思い出しただけだってさ。