携帯・デジカメ

2021年5月13日 (木)

三人

 今朝は雨模様でね。先月来、小学校の登校日は雨が降っていなかったからコーチャン、徒歩での通学だったのだけれどまあしょうがないさ。車に載せて行ったよ。なにしろ傘をささないんだ。それに道草するからね、普通の児童の二倍は時間がかかるんだ。そう言えばアタシも同じだね。まあ、何だがんだで親爺さん、朝の主婦業を終えたのは11時すぎだったよ。

 その後、親爺さんと散歩に出かけた処で今日も感染者情報さ。それも今日は一度に3人だというからビックリさ。エ!、犬のお前に分かるのかって?、いやまあ感じとしてね。アナウンスする市長の声も、心なしか気落ちしている感じだね。

 それにしてもニュースで知ったのだけれど、人を押しのけてとは言わぬまでも市民に先んじて、我先にとウィルス接種にはしる知名人が増えてきたね。それも姑息な手段でね。そう言うことは人の口に登れば瞬く間にひろまって、組織の長なら皆の信頼を失うよ。アタシなら”地獄に落ちろ”って言ってやるよ。

 処で昨日、親爺さんは二年振に刑部岬展望館下の飯岡漁港に出かけたんだとさ。漁港の防波堤から沖に伸びている消波ブロックに砂が溜まって、さながら人工の海岸になっているんだ。浜が形成され始めて30年以上たって、あの3、11津波にも流されづに残った砂洲にね、人知れず形成された海浜植物群落があって、中でもハマヒルガオの群落がお目当でね。写真を撮ろうと出かけたそうなんだ。

 けれど今日はその写真をね、ここには見せられなくてね。カメラからパソコンに画像を呼び込めなくなってしまったんだ。明日、昨日訪ねた写真とパソコンの師匠の店を親爺さん、再び訪ねてみるつもりだとさ。

 カメラに問題が起こったのか、読み込み側のパソコンに問題ありか。今なら週末に撮り直しがきくかもしれないからね。

2018年6月21日 (木)

ひとつひとつ

 なんでもそうだろうけれど、使い古されていつかは捨てられるのが道具の定めなんだろうね。
 今朝は昨夜の雨も止んでいたけれど、はっきりしないお天気模様でね。アタシの気分もスッキリしなくて、玄関の下駄箱の下の隙間に身体を押し込んで、ただウツラウツラしているんだ。それでも親爺さんの動きが一段落したのを見計らって、散歩へは出か
けたけれどね。
 
 散歩から戻って親爺さん、ようやく朝食にありつける筈。けれどパンを口にした処で母さんから市街地へ連れて行けと。で、運転手として出かけて行ったよ。お気の毒さまなことだよ。

 処で今日はバッテリーの話だよ。
普段、結構バッテリーを充電する場面が増えているよね。携帯電話がその際たる例だけれど、言い換えればそれが普通なことで、話題にもなにもなりゃしないよ。
 処でデジタルカメラもその動力源はバッテリー。
親爺さんの場合、日常的にデジタルカメラで写真を撮るけれど、それでもシャターを切るのは週に十数回程度だろうね。その程度なら、バッテリーの充電と言っても月に一度程度で事足りるから、携帯電話と比べても、普段は意識もしないよ。

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 親爺さん、先日滅多にしないデジタルカメラのバッテリーを充電したんだとさ。撮ろうとしたらカメラのシャターが動かなくなったんだ。露光が不適正な場合、そうなる時があるけれど、今回の場合はそうじゃなさそうでね。モニターを見たら、バッテリー残量が残り僅か。以前も一度だけれどあったことだから、気にも留めず、部屋に戻ってバッテリーチャージャーにカメラから抜き出したバッテリーをセットしてね。
 処が今回は、何時間経っても充電されていないんだ。どうしたことか、チャージランプも灯っていない様子にね、これはチャージャーに不具合でもと、テスターを持ち出してきた親爺さん、あれこれやっていたけれど、テスターも内臓バッテリーが消耗しているらしくて、使い物にならずでね。

 結局、カメラに問題はなくとも、消耗したバッテリーじゃどうにもならず。カメラを購入して早二十数年経つから、本来消耗品であるバッテリーも交換の時期かもしれない。けれどバッテリーチャージャーが不具合になるとは思わなかったとさ。
 できるだけ早く、新しいバッテリーセットを購入したいけれど、今は優先度が低い道具だから、ブログには当分、過去に撮った写真を掲示することになるかもしれない。

 この例に限らず、最近は手持ちの道具が不具合を起こすと、それを契機に手放しているよ。スマホしかり、腕時計、バイク・・・。一つ一つと、もう歳だからね。
 なくて済む物は無理に買わなくとも。そんなことなんだとさ。
 

2011年11月28日 (月)

カメラ

  「あれ!動かない」。
親父さんが情けなさそうな声をあげたんだ。いつも散歩のポケットに忍ばせているデジタルカメラが動かなくなっちゃたんだって。
 何でもスイッチを入れるとレンズ筒が突き出てくるんだけれど、今度はそれが収まらなくなって写真も撮れないそうなんだ。

 もともとはケンニャンが買って、使わなくなったお古なんだそうだよ。それをもう5年以上、毎日のようにポケットに入れておいたからね。
”撮って、撮って”とアタシが飛びかかって、ポケットの外に引っ張り出した事も一度や二度じゃないほど荒く使っていたんだ。
 どうするの。直せないの?。「ガッチリ噛み込んでしまったようだから、修理に出さなければ無理だろうね」。じゃ、直して。
 使い古しての事だから、もう直しても仕方ないと思うよ。

 じゃあ、アタシの写真も撮れない訳?。困るじゃん。
「もう,お前の写真は撮らない」。駄目!。絶対,駄目。
 なら携帯電話のカメラで撮ってあげるよ。
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 そう言えば、物置にあるカビの生えた鞄にカメラが幾つも入っているよね。あれは使えないの?。「使えるよ。でもね、フイルムを買ってこなけりゃ。それに写真屋さんに頼まないと、見られるようにならないんだ。最近のカメラはそうしなくてもデジタルだから、その場で見たりパソコンに保存できるからね」。
 詰まる所、お金が掛るから、もう使わないと言うことね。

 「それは事実だけれど、どのカメラも思い出の品で捨てられないんだよ。一台は五十年以上前のカメラでね。もう一台も四十年程前。一番新しいものでも三十年は経っているんだ。他にも日本初の本格的な水中カメラもあるよ。どれも結構使い込んだカメラだけれど、故障したことはないよ。金属製だから、磨けば新品のような輝きも出るしね。最近のプラスティックと大違いさ」。
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 「先日、このカメラで撮ったフィルムの束が、未だ整理していなかった引っ越し荷物から出て来たんだ。白と黒が反対に写っている写真でね、フィルムを直に見ただけじゃ、何を撮ったか分からないんだ。記憶と想像力が必要でね。思い出話のネタになる写真も多いよ」。
 親父さんの思い出話は結構よ。

  「数千枚あるカラースライドは、イギリスの田舎のガーデニングを撮ったもので、いまでも参考資料に使えるんだ。けれどプロジェクターを使わないとね。いずれも捨てられないけれど、使う可能性もなさそうだから、ゴミと一緒かな」。
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 そうか、フイルムカメラのような費用を掛けずに撮影して、ブログ掲載に活用するのは、今の親父さんには好都合なんだ。そうは言っても親父さん、今はデジタルカメラになって気軽にバシバシ撮れるけれど、もう少し質の高い写真を撮ってブログに掲載するようがんばらないと。

  「携帯電話のカメラでね?」。

2011年9月13日 (火)

十五夜の月

  親父さんの趣味の一つが写真を撮ることだって。
だからと言って、重いカメラ機材を担いで被写体を追っかける、そんな素振りはないね。アタシと散歩する時は、携帯電話のスマートフォンを持ち歩いていて、何かあれば、そのカメラで写真を撮っているよ。
Img_0276 *  今朝、スマートフォンで撮った。ズーム機能が無いだけで、写真自体は結構きれいに撮れる。

 その他に、ポッケに入るデジタルカメラを持ち歩いている時もある。
このデジタルカメラは相当に古いものらしくて、それでも写せるから使っているようなものさ。いつぞやは、千葉の京葉線でSLと遭遇したんだって。丁度、ポッケに入っていたデジタルカメラでシャッターを切ったら、写真には、通り過ぎた後が写っていたんだって。何度も試して分ったことは、シャッターが切れるタイミングが数秒遅れることらしいんだ。其れ以来、動く被写体では、1、2、3とカウントダウンしながら、2でシャターを押すんだって。すると4の状態が映るそうだよ。

Img_0973  もう一つ至らぬ点は、夜はストロボで写すことを唯一の前提としているらしくて、長時間露光という手法が使えないらしいんだ。
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 * ポケットデジタルで撮った昨夜の十五夜。

  昨晩の十五夜の月は、とてもきれいだった。利根川沿いの草むらを散歩していたアタシと親父さんは、川面を輝かせている月に思わず息を飲んだよ。
 丁度その時は、古いデジカメを持っていたんで、それで月を撮ったんだけれど、目の前の素晴らしい光景を写し込めなかったんだ。

 アタシとの散歩を強引に切り上げて家に戻った親父さん。今度は一眼レフのデジタルカメラを持ち出したんだ。このカメラは、数年前、ケンニャンからプレゼントされたもので、さすが、ポケットデジタルとは格が違う。ところが難題は、数百ページにも及ぶマニュアルを理解することなんだ。持ち出したカメラを携えて、独り出て行った親父さん。暫くして憮然とした表情で戻ってきたよ。
 なんでも、シャッターが切れなかったとか。色々な撮影条件に合わせて、多彩な組み合わせが可能なプログラムが施されているんだが、ここぞと言う瞬間に、シャターがロックされてしまうんだ。
 こんな時、昔のフィルムタイプの一眼レフカメラなら、勘でシャッター速度や絞りをセットしても、カメラが勝手に判断してNoなんて言うことはなかったそうだよ。
 機械まかせで楽ができても、時に、機械に拒否されることもあるんだね。

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そんなこんなで、今日、改めて撮り直したそうだ。マアニュアルと首っ引きでね。
 

2011年8月 9日 (火)

着信音

  アタシの嗅覚と聴覚は、親爺さんに比べても桁違いに敏感なんだ。
とにかく家の中にいても煩い程の音や匂いが飛び込んで来るよ。だからと言って、何でもかんでもアタシが反応する訳じゃない。やはり生活経験上、必要な音や匂いに反応して、後は無視するってのが道理じゃないかしらね。

 アタシが今、もっとも困惑するのが声はすれど姿の見えない家族の声なんだ。例えば、親爺さんが話して、それに別の部屋から聞き覚えのある声が応える。「隠れてないで姿を現せ〜」と思わず吠えてしまうんだ。
 それに玄関のチャイムの音。これはね、「誰か来たぞ」って家族に教えているつもりなんだ。
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 そんな事以上にアタシを驚かすのが電話。そう、電話が掛ってきた時の着信音。それにまたまた相手の姿がないのに何処からともなく聞こえる話し声。アタシを酷く混乱させるんだ。

 それでもね、電話を通してもアタシは聞き覚えのある声は分る。そんな時は、アタシは親爺さんの膝に飛びついて、その声に応える時があるんだよ。ワンワンワンってね。

 近頃、深夜やとんでもなく早い時間に、親爺さんのスマートフォンが着信音を発することが度重なっているんだ。電話じゃなくて、文字メッセージというやつらしいんだが、それが届くと
テーブルに置きっ放しのスマートフォンがチン〜、と鳴るんだ。その音は、突然、鳴るんでアタシをビクッとさせるんだ。寝ているアタシを起こす憎っくき奴だからさ、親爺さんの所に飛んでって八つ当たりさ。

 親爺さんもこの文字メッセージには腹を立てているよ。毎回、異なるアドレスから送りつけられるエッチ系のメッセージさ。迷惑メールて言うのかい。

 親爺さんは即、そのメッセージを削除するんだが、「余計な手間を掛けやがって」なんて、品のない悪態をついているよ。そうだよまったくその通りさ。
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ケンニャン、「親爺のアドレスが単純過ぎ。変えたら?」。「変え方を知らない」。
それも困った事だが、一応、その手のセッティングはケンニャンの方が詳しそうだ。

 「否、詳しい振りをしているだけだよ、本当は詳しくないんだ」、と親爺さんが声を潜めて一言。ウン、最近、コンピューターの無線LANで役立たずの機器を買って,マユチャンの柳眉を逆立てるような羽目になっているからね。ワカルワカル。

 あんまりアタシが親爺さんに同調すると、後でケンニャンからどんな扱いを受けるか?。何しろアタシのオ〜ナ〜はケンニャンだから。幸い、ここ一両日、ケンニャン夫婦は旅行に行っちゃった。でもこの話はオフレコにね。