旅行・地域

2021年9月21日 (火)

"座”

 利根川の川面を銀色に染めて昇ったまんまるい月だけれど、余り間をおくことなく雲にかくれてしまったよ。今夜は十五夜なんだってね。犬のアタシに十五夜なんて意味が分かる筈もないけれど、それでもしばらくは親爺さんに付き合って、明るい満月を眺めていたよ。

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 親爺さん、ここ最近は十五夜も十三夜もすっかりご無沙汰らしいけれど、その昔に勤務していた農業公園でね、園内に建つ古民家を舞台に、十五夜のイベントを主宰した経験があるそうでね。知人に琵琶をたしなむ人がいたそうで、その人が古民家の座敷に陣取って琵琶を演奏したそうでね。口コミで知った公園のご常連がね、三々五々集まって、琵琶の音を耳にしながら、皆で月を眺めていたとさ。

 その翌年、それならアタシも・・・ってね、琴を持ち込むご婦人が加わって、そしたら果物やススキを持ち込む人もいて、すっかり良い十五夜のイベントが出来上がったとさ。親爺さんがその公園に勤務した3年間、月見だけでない季節催事をいろいろと、それも有志の持ち寄りでね。良い思い出だとさ。

 同じような思い出で、親爺さんが子どもの頃に住んでいた奈良県の片田舎。最近では明日香村や今井町が古代遺跡や歴史的建造物で知られているけれど、そちらの方だとさ。親爺さんが住んでいた町内では、十五夜の夜になると、町内の神社に町民が手料理ぶら下げて集まるそうだよ。で、その年の収穫物、十五夜では野菜や果物だね。それを神殿と言っても掘っ建て小屋規模だけれど、そこに備えるんだ。そして皆が持ち寄った料理、当時は戦後の貧しさから抜け出てはいなかったから、あくまでも町内の収穫物で作ったささやかな料理をね、境内に敷いたムシロに並べて宴会さ。老若男女、皆で月を眺めながらでね。親爺さん達子どもは、もっぱらサトウキビや煎餅を手当たり次第にね。

 団子はないよ。十五夜の頃は、もち米は未だ収穫前だからね。餅、ダンゴが作れるのは十三夜の頃になるんだとさ。親爺さん、月を見ながらアタシに話してくれたよ。家族にもその話を?ってきいたら、「家の若い数はそんな昔話に耳をかさないだろう」ってさ。「その集まりを確か”座”と呼んでいたとか」、と親爺さんが言ったよ。

2021年8月24日 (火)

夏も終盤

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 例年の夏なら、”ミズバショウが咲いていた。遥かな尾瀬・・”って歌をどこかで聞くんだけれどね。今年は誰もが、そんなのどかな気分じゃあないのかもしれない。ミズバショウはともかく、青い小花のツユクサなら家の前の空き地に咲いているよ。

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 今の時季、大地の畑は端境期なんだね。栽培されていたトウモロコシやヒマワリがトラクターで耕され、その後には牛糞堆肥が耕し込まれているよ。冬の乾燥期なら強い北西風で砂塵が舞い上がるんだけれど、台風の強い雨で畑土が流される。農家はそんな心配をしている頃さ。それでも来月末には、キャベツの苗が植え込まれる筈さ。

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 台地とその下の沖積地。その境目は谷津田になっているけれど、そこに植えられた稲が色づいて、穂が重く垂れているよ。

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 昨日、親爺さんが隣町にある母さんの入所している特養施設を訪ねたんだ。ガラス越しで電話片手の、まるで刑◎所の面会のようだけれど、コロナ感染を怖れての処置だからしかたがないよ。せめてこの夏が終わらぬ内に一度は・・ということで、面会の予約に訪れたんだ。

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 その施設の全面、利根川に面した稲田では、稲刈りが始まっていたとさ。まるで漁船の航跡に舞うウミネコやカゴメのように、稲刈り作業のコンバイントラクターの周りを、ゴイサギが取り囲んでいたとさ。もう夏も終わるよね。

2021年5月27日 (木)

センダン

 今日は秋日雨模様になるそうだよね。朝の五時頃は未だ降っていなくてね。だから降る前に散歩を済まそうと、親爺さんと外へ出かけたんだ。けれど30分程度したらポツポツ降り始めたよ。犬だけじゃなく人もお天気に左右させられるんじゃないかな。今朝の家族の動きが遅くてね、食欲もイマイチなら出かける時間も危うくてさ。これが梅雨というものなのかね。

* センダン

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 親爺さん、梅雨空で連想する植物が”ウノハナ”なんだとさ。雑木林に濡れた白い花弁がね、なんとも風情を感じさせるそうなんだ。処で親爺さんがコーチャンを送り届ける先の小学校でね、その校庭に太い、恐らくは50年以上は経つだろう落葉樹が数本植えられているそうでね。その樹が親爺さん、コーチャンと一緒に登校するようになって毎日校庭を横切るようになって以来、気になってしかたないそうなんだ。丁度先週あたり、白い小花が咲いていたせいもあってね。

 親爺さん、現役時代、学校の緑化を担った経験があってね、昭和40年から15年近く、千葉市内の小中学校に植樹し続けてきたんだとさ。その当時は児童数が急増して、プレハブ校舎が年間6校近いペースで増えた時代だとさ。そんな学校に趣味趣向で植樹する樹を選ぶはずもなく、大方は規格品とでも言える樹種を植えていたそうでね。今となってはどの学校も似たような規格型の校庭になってはいるけれど、まあそれが都市部の学校らしい雰囲気とも言えるとさ。

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 ところが銚子市内でコーチャンの小学校を観てビックリ。校舎こそ改築されて今の現状なんだろうけれど、校庭は、おそらくは学校設立以来の姿のままなんだろうね。当時、誰かが?、きっとご近所さんや父兄や学校関係者が、手作業したんじゃないだろうか。そしてそのまま成長したんだろうね。考えればそれが当然で、途中で増築や廃校で樹木が虐げられている、そんな姿こそ不自然なんだけれど。

 校庭だから勿論イチョウやサクラもあるのだろうけれど、校庭の主のようにそこに佇む樹木は”センダン”なんだ。決して不都合がある樹ではないとさ。ただ親爺さんのような経歴の技術者が植えようと思う樹ではないとさ。いや、植えたくても植えられなかっただろうとさ。

 そう一言で言えば、素晴らしいとさ。このまま、この学校のシンボルであり続けて欲しいよね。

2021年5月17日 (月)

風景、あれ?

 昨日の3名に続いて今日は2名。非公式にはもう1名が追加されそうだとさ。なるべくコロナから気をそらそうとしているけれど、アキちゃんの保育園での検査結果も未だ定かじゃあなくてね。親爺さんも家でアキちゃんと静かに息を潜めているよ。アタシの散歩でも出会う人は数名。道路の対面を隔てているんだ。

 ちょっと話題をそらせるけれど、親爺さんが話していたよ。早朝、アタシの散歩を終えた後、車で親爺さんは出かけたんだとさ。台地の畑を抜けて20分ばかり走った所にある養鶏場にね、産みたての卵を買いに行ったのさ。週に一度程度の頻度で出かけているんだ。だからその道中は見慣れている・・はずなんだけれどね。

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 畑の中に1Km程の間隔で建つていた数本の風車が無い。あれ?いつ無くなったんだろう。親爺さんはそう思ったとさ。風車が建ったのは3・11震災後数年。あまりの巨大さに、最初は随分目障りに感じていたんだそうだよ。けれどね数年前、季節外れの強風があって、羽が折れてね。親爺さん、それは知っていたそうだけれど、てっきり修理しているんだと思っていたとさ。

 なにしろでかい風車だから、修理するにしても時間がかかるだろうからね。撤去してしまったんだね。親爺さんが茨城県内で勤務していた頃、オフィスに何度かセールスマンが訪ねて来てね、盛んに風力発電の効用を力説して行ったそうだよ。同じ頃、太陽光発電も業者が競うように訪ねて来たそうだよ。

 未来のエネルギー源になるものだとは思ったそうだけれど、国営公園内にそんな施設を作れないじゃない。民間地ならいざしらずにね。それさえ知らずに広大な土地があるなら太陽光施設を売り込んでやれってね。だから親爺さん、笑ってやりすごしたそうだよ。けれど一度巨額な費用で建設したものなら、数十年間は駆動させ続けているものだと思っていたとさ。

 どうやらビジネスとしては、危ういものだったんだね。とにかく台地の畑は、再び以前のようなのどかな風景に戻ったよ。

 

 

2021年2月 6日 (土)

再認定

 銚子ジオパークが再認定されたんだってね。

 朝から小春日和の気持ち良い一日だったよ。朝、アタシは親爺さんと散歩に出てね。散歩コースにある水路じゃあ、いかにも水温む感じにオオバン一家が散歩中だったよ。利根川の川面には、戻ってきた渡り鳥のカモメ達が、ゆっくりした流れに身を任せていたよ。

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 その頃、ケンニャンとコーチャン父子は千葉市に向かっていたよ。コロナを警戒して暫く休んでいた発達障害児の療育プログラム受講でね。コロナの危機は強まる傾向を見せ、ますます油断できない状況なんだけれど、今学期の残り講座時間が僅かになったんで、まあ、無理を押しての千葉市行きさ。

 散歩から帰宅してからの親爺さん、コロナ情報確認のため銚子市のホームページを眺めてたんだ。今日までに延べ57名の感染。直近では10代の生徒が感染しているようでね。どんどん若年層が増えている様子さ。

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 処で、コロナコロナばかりじゃない。もう少し気の晴れるような話題はないのかい。「銚子ジオパークが再認定されたんだね」と親爺さんが呟いたよ。ジオパークと言えば、10年ほど前に犬吠崎から屏風ヶ浦にかけての一帯が、地球科学的な価値がある地学的な景観。アタシにはなんだかよく分からないけれど、有史以前から存在する屏風ヶ浦や犬吠崎の景観を、銚子の街づくりの特徴に活かせないだろうかと、地元の大学の教授や考古学者に市民有志がキャンペーンを始めてね、努力の甲斐あって公式に銚子ジオパークというタイトルが与えられたんだ。

 10年前に越してきた他所者の親爺さん、屏風ヶ浦の南端に建つ展望館の運営に関与することから、そのキャンペーンを知ってね。以来応援していたそうなんだ。ここ数年、母さんや孫達の世話で、そういった社会的な活動から身を引いていたこともあって、実はジオパークキャンペーンは全く意識の外だとさ。

 ジオパーク指定から一定期間経つと、その間、ジオパーク指定の目的に沿った活動の実態に対して、認定の見直しが行われるということは記憶していたそうだけれどね。

 けれど一時の熱気が失われて見えたとさ。コロナの所為にできなくもないけれど、熱さを保つのは火をつけるよりも大変だとは、親爺さんの体験でね。多分、市役所の担当部署が自動的に更新申請したんだろうけれど、当初の熱気はいまいずこさ。それでもジオパークを構成する地質遺跡や景観に大きな変更が加えられたりしない限り、まあ更新はされるんだろうね。

 些細なことだけれど、親爺さんが運営に関与していた屏風岬展望館のお隣に、遠くからでも違和感を持って目立つ、あれはマンションだね。それが建ったんだ。行政区域的には旭市になるんだけれど、市の景観行政はどうなっているんだろうか。それこそジオパーク的には減点だけれど、ジオパークで騒いでいたのは銚子市だけか?。

2021年2月 4日 (木)

観測史上

 エッ!。春一番だって?。

ニュースで知ったよ。今日吹いている南寄りの風は”春一番”なんだって。それも観測史上最も早い記録なんだとか。昨日、そろそろ春の兆しをどこかに出るだろうから、これからは意識して春を探そう。そんな思いを口にしたんだけれど、まさか、すぐ春一番が吹くなんて思ってもみなかったよ。例年なら、もうそろそろ春一番が吹かないかなって、期待して期待外れが続いていたからね。

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 処で回覧板というのがあるよね。町内にお知らせを伝える、ペーパー挟みに挟んだ書類だよ。一軒一軒順番に回し読みするんだ。アタシんちはお向かいから。そして読み終えたら裏の家にとリレーするんだよ。今朝、その回覧板がお向かいから回ってきてね。親爺さんが目を通していたよ。ちょうど10年前、あの3.11大震災の年だけれど、そのお向かいから「来年はお宅が組長ですよ。まあ、回覧板と自治会費の取り扱い程度の仕事だから・・・」。引っ越してきたばかりの余所者に、いとも簡単にそんな仕事を割り振るもんだと、親爺さんが首を傾げていたけれど、きまりならしょうがないよ。で、組長を務めたんだ。

 その頃はアタシんちの”組”は10世帯あってね。道路沿に並んでいたから案外分かり易かっtんだ。で、あれから10年経った今、当時の世帯は家人が亡くなって7世帯に。新たに2世帯が引っ越してきたけれど、自治会には参加していないんだとさ。

 そこで困った。以前のように回覧板を隣にリレーするという環境じゃなくなったんだ。隣を飛ばして・・・。その先の家が今年に入って無人の空き家に。自治会って、結構複雑な背景があるんだね。アタシんちの自治会は、近所の神社の氏子組織が元になっているんだね。だから自治会と言いながら、神社行事も扱うんだ。アタシんちは氏子じゃあないから、そのような自治会とは必要最小限の参加になっているんでね。さらに最近越してきた家の家人は中国人。さあ、今までの町内の常識というか、ルールというか。それを自治会員に強いることができなくなってね。

 今日、親爺さんが読み終えた回覧板を一軒先の家に届けたら、「ウチは違う組みになっているんで・・」。つまり回覧板を回してよこすなってことね。さてどうするの。

 話は単純さ。昔のような土地っ子ばかりじゃなくなって、しかも空き家が増えて、組み組織崩壊・・は大袈裟か。

 

2020年8月11日 (火)

炎暑

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 マスクで自転車、危ないんじゃないのかい。今朝は5時前に利根川岸に出ていた親爺さんが戻って、早速散歩へ出たよ。「歩きなさい」。昨日医者がそう言ったとさ。ちなみに親爺さん、平均して毎日ガラケーの歩数計が計測するその日の歩数は7千歩前後なんだ。それじゃあ足りないんだろうね。だとすれば、毎日の動きに療育としてさらなる散歩を。今思いつくとしたら、一歳児のアキちゃんを乗せたバギーを押すとかね。何?お前が付き合ってもっと歩けばいい・・。嫌だよ、この暑い最中に。死んじまうよ。ともかく今、アタシは日中は日陰で寝ているしか凌ぐ手立てがないんだ。Youtubeに出てくる犬仲間の動画じゃあ、皆冷房の効いた部屋で”いい子ちゃんぶりっ子”しているね。アタシもそんな待遇されたいね。

 処で街中を散歩していると、よくサイクリストと行き会うんだ。皆、スポーツサイクルに全身ピッタリのウェアーとヘルメット姿でね。いままでも季節を問わず、そんな、いかにもスポーツしてます的な人達と頻繁に行き会うよ。銚子の台地には、バイクや自転車愛好者に気に入られるような屈曲した道があるからね。それは良いとしても、最近は皆が皆、黒マスクで自転車を漕いでいるんだ。呼吸が苦しくないんだろうかね。ま、アタシの知った事じゃあないけれどね。

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 ほぼ毎日、銚子市の防災無線が伝えているけれど、今季は海岸での海水浴をやめるようにとね。コロナに関連して、海水浴場を閉鎖して、それにともなう恒例の安全管理体制がないからだとさ。親爺さん、出かけたついでに九十九里海岸をのぞいてみたとさ。さすがに今日は南風が強くて、岸に打ち寄せる波の波頭が白く砕けるような海況だったとさ。にもかかわらずサーファーの姿があったそうでね。波打ち際で遊ぶ人影も、例年のこの時期とは比較にならないけれど、いたそうなんだ。

 我が家のケンニャン家族は、身体を持て余し気味な二人の幼児を公園に連れて行ったよ。陽射しは厳しいけれど、子供達を押さえつけてばかりはいられないとさ。一人はフットバイクでの坂下り。一歳の誕生日を待たずに歩き始めたもう一人は、小山を攻めに。

 親爺さん、一時は公園もダメ。そんな自粛というのか制約を課そうというのか、お役所からのお達しが溢れたけれど、確かにもっともと同意できる事柄もあるけれど、首を傾げたくなる事柄もあってね。例えば海水浴がコロナ感染リスクの面で、どれほどのものなのか?。公園での散歩がどれほどのリスクがあるのか。そんな事を問われて、自粛派は答えられるんだろうかね。街中で、そんな自粛強要で生活が成り立たなくなっている家がどれほど有ることか。

 街中を見た処、誰が言おうとこの炎暑。涼しい場所を求めて人は移動して、その場所に集まっているよ。

2020年6月16日 (火)

対岸の火事

 言葉どおりさ。

 今朝は風も無い穏やかな曇り空でね。心地よすぎて寝坊してしまったんだ。お陰で時間が詰まってしまったものだから、散歩へは出ずじまいだよ。もっともアタシの足腰がね、なんとも動きが悪くて、まあ、ビッコを引いているかなね。それに数日前から換毛期に入ったんだね。寝たり転がったりした跡を見ると、多分抜け落ちたんだろう細い毛の塊が残っているんだ。それを見た親爺さん、早速毛ブラシを持ち出してきたよ。それでアタシの体を撫ぜ回すつもりなんだな。そうはさせるものかと、親爺さんと小競り合いを続けている間に顔を上げて、遠く北の空を見上げてビックリ。見たこともない黒い煙が利根川の対岸から一筋、たち昇っているんだ。

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 「親爺さん、あれあれ・・・」。アタシの顔を見て手を休めた親爺さん「火事?。いや、火事だよ」。距離的にはアタシのいる場所から1kmは離れているよ。利根川の川幅が800mで、川岸から数百mと行った辺りが火元だと思うよ。時間は午前11時を僅かに過ぎていたよ。真っ黒な煙が立ち上って未だ数分という処だろうね。それでも5分程経って、黒煙に白煙が混じり始めたよ。「消化が始まった様子だね」と親爺さん。更に5分後、煙はほぼ白煙になって、それでも煙が立ち上る、その根元辺りで遠目に炎のような朱色がチラチラ見えていたよ。

 結局、アタシ達が煙に気づいて1時間後には、その辺りは何事もなかったように静まり帰っていたよ。アタシ達が利根川の川縁に住み着いて以来、こんなシーンをもう何度目撃しただろうかね。片手の指の数を超えるだろうね。対岸の神栖市は利根川と鹿島灘の海岸に挟まれた、平らな沖積地だからね。その昔は海岸地帯らしく砂丘があったんだろうね。けれどそれを崩して湿地や干潟を埋めて工業団地や住宅地にしたんだ。

 だから火事のように目立つ出来事があれば、対岸からよく見えてしまうんだよ。そして対岸の銚子市民は毎度、対岸の火事を傍観す立場になるんだ。

 

 

2020年5月15日 (金)

様変わり?

 昨日は快晴で乾いた北寄りの風が吹いた所為か、日の出時の朝陽がギラギラと冬時のようなこうけいだったとさ。そして今朝、お天気は短期的には下り坂。長期的には梅雨に向かって真っしぐら。つまり湿度が上がっているってことでね。アタシが利根川岸で日の出を観察して感じることは、湿気が高くなると雲行きも増えるけれど、晴れていてもピンクぽい光景が多くなる気がするんだ。

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 今朝は本当に久しぶりに朝陽が顔を出す光景に居合わせてね。時刻は4時半ごろだったよ。最近の親爺さん、その頃になるとコーチャンが自分の寝床から親爺さんの寝床に潜り込んでくるものだから、日の出にタイミングを合わせた鳴り物が使えなくてね。つまり寝過ごしてしまう毎日が続いているんだ。今朝はどういう訳か、コーチャンを起こすことなく利根川岸に出たんだ。

 処で政府の自粛宣言のことだけれど、やっぱり千葉県は解除を見送られてしまったね。東京首都圏の一部なんだから、まあそうなるだろうとは思っていたよ。でも東京に近いといっても銚子はその外れも外れだよ。そして利根川を橋一つ跨いだ先の茨城県は解除されたってね。以前も触れたけれど、利根川を挟んで銚子市と対岸の神栖市波崎地区は同じ生活圏と言っても過言じゃ無いよ。銚子市内にあるモールやマーケットで水戸ナンバーの車を見たからって、どこかの県のように嫌がらせなんかしていないさ。

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 銚子の商圏にとって神栖市民は大切な顧客なんだ。だから茨城県が一足先に自粛解除になったから、早速歓迎と行きたい処だね。さあこの週末、どうなるか。ご近所さんと暫く口をきいていないから、単なるアタシの見方だけれど、散歩道沿いの商店、店を開くだろうか。それともこのまま廃業するだろうか。つまり廃業してもおかしくない店が結構あるんだ。自粛以前の町並みに戻るだろうか。気になるよ。

2020年5月14日 (木)

 「初出荷ですね。出来は?」。「最初にしてはまあまあかな」。

 アタシの散歩コースでは、都市計画で言う第一種住宅専用地域にも関わらず、今もキャベツ畑が点在しているんだ。おそらくは農地である場所に住宅が建設されてきたという経緯だね。結果、今は住宅地に農地が囲まれるようになったんだね。見方を変えれば、専業農家として今も頑張っている地主さんもいれば、一方農業に見切りをつけて農地を宅地化した地主さんもいるんだろうね。

 銚子は千葉市に次いで県内で二番目に都市計画区域を設定した、ある意味街づくりでは誇ってもよいポジションなんだけれど、生憎その制度の運用がね・・・。なんともお粗末だよ。

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 千葉市なら住宅地域内に残っている農地に対する宅地化圧力はかなり強い筈さ。一方銚子市の市勢はその人口の増減で見て取れるとさ。今月の初めに報道されていたけれど、銚子市の人口が等々6万人を割ったというんだ。ながらく外国人登録者数で分水嶺にぶら下がっていたけれど、等々ね。アタシんちが住み付いた当時、つまり3.11震災直前はそれでも7万人台だったよ。あれから10年も経たずで1万人以上減ったんだね。そんな市勢の現状では、農地の宅地化圧力も限定的だろうと思うんだ。

 それでも住宅地域内部では住宅を取り壊してアパートに建て替える例が増えつつあるから、市勢の向きに照らせば何とも不可思議な現状なんだ。

 で、珍しい事例だろうけれど、見たんだよ。アタシんちの町内は数百年オーダーで見れば利根川の河川敷と言えるロケーションなんだ。今は陸地化しているけれど、昔は利根川の水域だったとね。だから地質的には湿地でね。事実アタシんちは数十年前は沼地で鰻の養殖場だったというんだ。バケツを下げて利根川の葦原を探れば、一時間もせずに天然ウナギが数匹獲れたとご近所さんが話していたよ。そんな河川敷の名残が数年前まで住宅地域内のあちこちに残っていたよ。それを山土で埋め立てて小洒落たアパートを建てる。そんな事例が目についたものだよ。市の人口が減っているというのに、そんなアパートは何故か直ぐに入居者で埋まっているんだ。反面、古い老朽アパートに空室が増えている事実もあるんだ。

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 前置きが長くなってしまった。一昨年。そんな住宅地域の一隅に放置状態の湿地があって、ある日その場所に山土が搬入され嵩上げされたテニスコートが二面はできそうな平地が誕生したんだ。それを見た親爺さん、ここにもアパートが建つに違いないと話していたんだ。処が昨秋、その土地をトタクターが耕し畝を作っていたから驚いた。

 今朝、その土地に植えられていたキャベツを、多分専業農家な感じのオヤジさんが収穫して、箱詰めしていたんだ。親爺さん、思わず声を掛けたという訳さ。

 

 

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