趣味

2020年2月18日 (火)

写真談義

 「ここんとこ、もう少しなんとかなんねいものかね」。「う〜ん」。

 親爺さん、午前中の家事を済ませてね、今日は特段の予定もないものだから「市役所へ行く」。そうマユちゃんに言い残して出かけたよ。市役所行くのに何でカメラを持って行くんだろう。まあいいさ。グズグズしてると孫育の用が直ぐできてしまうからね。何も言われぬうちにと言う訳だね。

 これは帰宅して聞いた話さ。親爺さん、隣町の干潟地区へ、白鳥の群れが稲田で落ち穂拾いする情景をカメラに収めるため、出かけたんだ。先月、その光景に出食わしたんだけれど、その時は生憎カメラを持っていなかったんだ。その復活戦というわけなんだけれど、実は昨日も歯科医院が干潟地区にあるので、稲田を車で通ってね。その間、キョロキョロ探したんだけれど、白鳥達は見当たらずさ。今日も碁盤の目をなぞるように干潟地区を車で回ったそうだけれど、釣り人の言葉を借りれば”ぼうず”だったとさ。どうしたことだろう。まさかこの暖かさに、北へ向けて戻り始めたのかしらね。でもまだ2月だからね。

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 今日はだから白鳥の撮影は諦めて、帰途、親爺さんの写真とパソコンの師匠であるフォトショップのオヤジさんを訪ねたんだとさ。店に行けばきっと誰かが錨を下ろしているだろうからね。昼時を過ぎたところだったから、オヤジさん独り。だから写真じゃなく介護の話になってね。店の招き猫ならぬ婆ちゃん、介護度4級になってしまい、デイケアサービスを受ける身に。今日はその日で婆ちゃんは不在。だから店を開けて居るとかでね。じゃあ、出会えてラッキーだったんだね。フォトショップのオヤジさんとしんみり話し込んでいる処に、地元の市役所元職員で、今は定年退職して写真趣味三昧しているらしいオヤジさんがやってきてね。そこからは写真談義になったとさ。

 その時、件のオヤジさんが話すに、地元の小学校からの依頼と言うか、ボランティアというか、ともかく学校と富士山をワンカットに収めた写真をとろうとしているんだね。

 幸い、刑部岬展望館から見る方向に、小学校と富士山が同一の方位なんだそうでね。じゃあ問題ないじゃないの。「いや、そうじゃないんだとさ。彼が言うにはね」と親爺さん。

 とにかく、シャッキとした富士山の遠望と学校の建物群、それが難しいんだとさ。オヤジさん、一頻り気象条件や太陽の角度などを親爺さんに説明してくれたとさ。親爺さんも狙いは異なるも、日の出の撮影でいろいろ経験したから、件のオヤジさんの説明は分からないでもないそうだよ。

 久しぶりにオヤジの趣味談義に加われて親爺さん、つかの間、家の事を忘れて話に耳を向けていたけれど、楽しいことは長続きしないもので、結局椅子を空けて戻ってきたんだとさ。

2019年12月21日 (土)

ブレックファースト

 「コーチャン、今朝から私に抱きついて泣いている・・・」。空は厚い雲に覆われて、北寄りの風が冷たいよ。アタシと親爺さんがいつもより遅い散歩から帰宅した時、マユちゃんがね、話すんだ。「可哀想だから今日は欠席させます。咳もでているし」。今日は先月来、そのイベントでのパフォーマンスが、コーチャンにとってストレスの原因である保育園のクリスマス会の開催日でね。先週来の彼の不安定な言動騒ぎもあって、我が家ではそのイベントの話題は避けていたんだ。ただ昨日、親戚に行ったその家で、大人同士の会話にでてきたとかでね。その場にいたコーチャン、大人の会話から今日がその日である事を察知したんだろうね。

 欠席を決めて安心したのかコーチャン、普段の顔に戻って家族揃っての朝食を楽しんでいたんだ。父親のケンニャンがサービスする大人の朝食メニューは、コーヒーとバタートースト。今日はスクランブルドエッグに厚切りスライスハムとウィンナーソーセージ。洋梨。

 親爺さん、食後に開いた電子版の産経Webニュースの記事が目に付いたとさ。記事のタイトルはこうさ。

「007シリーズ」で知られるジェームズ・ボンドのこだわりの朝食がプリンスホテルで提供され、“ボンドファン”を楽しませている。英国の食や文化の魅力を発信する「Timeless U.K.-BRITISH FAIR 2019-」(駐日英国大使館後援)の一環。来年4月に映画の最新作「ノー・タイム・トゥ・ダイ」の公開を控え、ボンドの気質を知る機会ともなっている。・・・・中略


* 写真は記事のコピーです。

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 ロゼのシャンパンとオレンジジュース、ハーブを利かせたスクランブルエッグの厚切りベーコン添え、陶器に乗せた半熟のゆで卵にトーストというスイル。たっぷりのバターと、“スパイが愛したジャム”といわれる「ウィルキン&サンズ」のイチゴジャム「リトルスカーレット」と、カラメルを加えた・・・後略

 とまあ、ホテルイベントの紹介記事なんだけれど、それを読んだ親爺さん、俄然饒舌になったよ。何でもジェームスボンド映画が公開される以前、毎晩のように異なる小説を読みふけっていた独身時代に、手にした文庫本の一冊がイアン・フレミングの007シリーズだったとさ。以来フレミングの作品を漁っていたそうだけれど、特に印象に残っているのが、ボンドが上司のMに誘われて食事を共にする記述でね。Mが”身体には良くないけれどやめられなくてと、子羊だったか仔牛だったか、その脛の骨の髄を細身の匙で・・・。対するボンドが茹でたアスパラガスに溶かしバターの・・・とまあ、当時の親爺さんが想像を巡らせては、それとは比べるべくもない我が身の食事の粗末さにため息ついていたんだとさ。


 その後、イギリスに行く機会があった時、親爺さんの隠れ課題はイングリッシュ・ブレックファーストにありつくことだったそうでね。その期待は裏切られなかったとさ。その後出版された林 望さんの著作”イギリスはおいしい”というエッセイもまた、隅から隅まで読んだそうでね。この歳になっても、「死ぬまでにもう一度ロンドンでブレックファーストの席に着きたいもの」だとさ。今朝の記事で紹介されているホテルイベント。わずか限定5名だとさ。どうする親爺さん?。

 この記事はスルーして、いつの日か渡英のチャンスを待ち望むとさ。

 

 

 

2019年10月19日 (土)

愛艇

 今日の話題は千葉港の片隅にある船溜まりで、今は廃船されるのを待つだけの親爺さんの帆掛船のことさ。

 先の15、19号台風の来襲では、思いもかけぬ脅威にハラハラさせられたけれど、とにもかくにも無事にやり過ごすことができて、今はホッとしているアタシ達さ。ただ言い古されているけれど、台風シーズンは未だ終わりじゃなから、油断はできないよ。

 とは言え親爺さんに限っては、思い出したくないけれど気になる心配が残っていたんだとさ。千葉港に繋留したままの愛艇のことでね。今では愛艇とはふさわしく無い扱いを受けているヨットだけれど、あの強風と高波にロープで繋がれた状態で翻弄されたんだ。その昔、未だ千葉市民だった頃は、台風に限らず強風が吹く度に仕事を終えても、家に戻ることもせず千葉港へ駆けつけて、強風を受け風下側に傾き、波に翻弄されている愛艇を、波打ち際でハラハラ見守っていたとさ。そんな時、舫ロープはピンと張り、ギリギリと歯ぎしりするような音を立てて、今にも切れてしまうんじゃないかと心細く感じたものだとさ。例え破断しても、その場では危険でどうすることもできず、とにかく保ってくれと祈るような気持ちだったとさ。そのイメージを今も持ち続けている親爺さん、ゴーゴーと唸りを上げる台風の強風に、家の中で息を潜めて案じていたのが、千葉港に繋留したままの愛艇なんだとさ。

 今は住む人のいない空き家のように、廃船になる日を待つだけの不動船で、財産価値などあろうはずも無く、ただ万一漂流したり沈没したりすれば、公共的な水域なだけに責任は免れないとさ。そんな訳でね、先日来千葉市へ行く機会を探っていたそうなんだ。

 今日、雨天で保育園の運動会が延期になってね、キャンセルしてあった千葉市での発達支援プログラム受講を再度復活することになったんだ。そのため千葉市へ行くケンニャン父子に同行して親爺さん、時折強く降る雨の中をでかけたよ。ケンニャン達が施設でプログラムを受講している間、親爺さんは千葉港へ向かったそうなんだ。そこで交差点の向こう、京葉線の高架越しにゆっくり揺れている数本のマストが見えたとさ。”良かった、浮いてる”。親爺さん、ホッとしたとさ。

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  * 未だ手入れされていた頃の写真です。

 波に打たれて半壊状態の渡り桟橋を伝い、揺れる愛艇のデッキによじ登った親爺さん、さっそく周囲の点検を始めたって。艇は外見に異常はなかったけれど、メインの繋留ロープがスッパリと破断していたとさ。公称6トンの破断強度、古びているからその半分としても、それだけの引っ張り力の負荷があったんだろうね。偶然にも周囲に張り巡らされたままの廃ロープに引っかかって、かろうじて繋がれた状態だったとさ。 それにしても数本の繋留ロープに繋がれた愛艇が、どれほどの波に弄ばれていたか、繋留ロープのすり減り状態も半端じゃなかったそうでね。とにかく周囲のロープを整理し直して、破断したロープを取り替えダブルに取って、なんとかその場を収めたそうなんだ。危ないところだったとさ。

 それにしてもこのような状態になったのは、一重に親爺さんの不作為故でね。今ではヨットマンだったとはとても言えないけれど、このザマには忸怩たる思いだとさ。

 昼過ぎに帰宅した親爺さん、早速赤ん坊を預けられて、いつもの孫守り爺に戻ったよ。

 

2018年6月18日 (月)

シャボン玉

 群馬県に続いて今度は大阪府で地震だってね。どちらもアタシは揺れを感じることはなかったよ。3・11を体験する以前なら、対岸の火事を見るような気分でいたかもしれない。けれど今は、地震と聞いただけで3・11のあの瞬間を思い出して、身震いしてしまうんだよ。ましてや例え震度1の揺れを感じただけでも、アタシは部屋の隅で怖れに固まったしまうんだ。トラウマなんだね。

 処でケンニャン達が行った、昨日の昭和の森の続き話だよ。
公園で一番広い”太陽の広場”と名付けられた芝生広場でね、コーチャン、両親や親爺さん達を振り切るように駆け出したんだ。
 邪魔するもののない緑のカーペットに嬉しくなったんだろうね。彼がいつも行く銚子市内の公園じゃあ、広場の先に複合遊具と呼ばれる滑り台があるんだ。
 昭和の森の太陽の広場の端に、お目当てのロングスライダーがあって、でもそれは広場を駆けるコーチャンには見えていないんだ。

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 彼には、芝生上をフワフワ浮かぶ丸くて透明な玉が見えていたんだよ。
それは彼が始めて出会った代物なんだね。近づくとパッと消えてしまったんだとさ。
 だからその時は、それで終わって、彼はその先のスライダーに突進して行ったんだとさ。スライダーでは子供達が、何度も何度も繰り返して滑る様子を、親爺さん、その時は無意識にも公園の管理者に戻った気分で観察していたんだそうでね。
 そのような職業意識から出る癖は、死んでも治らないだろうね。

 それはともかく、散々スライダーで遊んで疲れ果てた一行が、出口方向に向かってヨタヨタと歩き始めたら、その時には、もはや自力で歩く事を拒否して母親に抱かれていたコーチャン、身をよじって母親の腕から降りると、駆け出したんだ。
 その先に人の群れがあってね、その周囲を無数のシャボン玉がフワフワ飛んでいた。それが目に付いたんだね。

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 後は居合わせた子供達に混じってシャボン玉を、夢中になって追っかけ始めたそうなんだ。
 そこで親爺さん、またまた癖がでたんだ。今度はそのシャボン玉をワークショップのイベント企画に利用できないか、とね。いままでも、竹細工や凧揚げなど、子供達が喜びそうなパフォーマンスに出会うと、その当事者と思しき人に声を掛けて、縁を紡いでいるんだとさ。今回もそういう気持ちでね。
 けれど親爺さん、今はワークショップ活動から身を引いた筈。それでもね、癖になっているんだね。

 長い柄の先に輪を付けて、それを大きくユックリ振り回すと、無数のシャボン玉が吐き出されてね。それをやっているオヤジさんに声を掛けたとさ。
 そのオヤジさん、聞かぬとも、親爺さんと変わらぬ年金暮らしの身分だろうね。個人的な趣味なんだとさ。子供達が喜ぶ様子を見ることが張り合いなんだとさ。
 試行錯誤の工夫の果てに作り出したシャボン玉液を、公園の売店がショーケースの片隅に並べて、売ってくれているそうでね。それを活動の原資にパフォーマンスをね、もう10数年間も、この公園で独りで続けているんだそうでね。
 親爺さんが昭和の森公園を離れると、入れ違いになったんだ。例え親爺さんがいたとしても、親爺さんのことだから、そのオヤジさんと縁を紡いでいたかもしれないね。ともかく、子供達の喜び様は感動的だったとさ。もちろんコーチャンもそうだとさ。

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 で今回、そのオヤジさんと縁を紡いだのかい。そうアタシが聞いたら、冷静になったら、もうワークショップとは縁が切れていることを思い出して、オヤジさんの身元は聞かなかったとさ。「素晴らしいパフォーマンスをありがとう」。そう挨拶して帰ってきたとさ。 

2017年5月26日 (金)

帆掛船

 起床した時、未だ雨は降ってはいなかったんだ。親爺さんが散歩に誘ってくてたんだけれど、気が進まなくてね。玄関先でグズグズしていたら、ポツリと鼻先に感じたよ。だからね、やめようとしたんだよ。
 親爺さんが出かける頃には本降りになっていたよ。

 処で親爺さん、今日は千葉市へ出かけたんだ。いつも乗っている社用の軽自動車じゃなくて、マユちゃんのお下がりのガラパゴス車で出かけたよ。私用だからだとさ。戻ってから聞いたんだけれど、そのお陰で今日は怖い思いをしたんだとさ。

 JR千葉駅の地下道でね、入り口付近の斜路が雨水で中途半端に濡れていたそうでね。地下道に下る際、前方の車が渋滞で止まったんだとさ。その後に続いていた親爺さん、ブレーキペタルを踏んだそうだけれど、タイアがズルズルと滑って止まらないんだとさ。あれよあれよと言う間もなく前の車に近づいて、ああ!もう駄目と思って再度ブレーキを踏み込もうと、足を緩めたら、それが幸いしたんだね。
 スリップから回復して、前の車と数センチだとさ。
 だいぶタイアが磨耗していたからね。

2009_171  事なきを得た親爺さん、千葉港の一隅にある雑種船の船溜まりへ行ったんだ。
親爺さんの帆掛船が繋留してある水域でね、今日は船室から車で言う車検証だとさ。それを持ち出す必要があったんだとさ。
 繋留契約の継続申請に必要でね。繋留といえばそうなんだけれど、足掛け5年以上、舫を解いてはいないんだとさ。不本意だけれど、放置に近いんだ。帆掛船遊びの師匠がね、時折様子を見て手をかけてはくれているから、勝手に漂流はしないそうだけれど、エンジンが錆び付いてしまったから、再起不能なんだとさ。

 今日、親爺さんが船室に入って点検したら、近所の製鉄所から飛んでくる真っ黒な灰がね、テーブルや床に降り注いで、ひどい有様でね。ロープや船体も煤だらけ。親爺さんんが何重にも塗り重ねて飴色に光っていた舵は、ニスが剥がれてしまったそうなんだ。

 以前のように千葉市に住んでいたら、こんな状態にはしなかったけれど、現実はそうじゃないからね。親爺さん、ここまで劣化した帆掛船を、それでも手放したくはないそうだけれど、再び帆走らせるには数百万円掛かるだろうし、廃船するにも家の解体と同じく費用がかかる。だから無用の長物に成り下がってしまった帆掛船だけれど、繋留契約の延長でしのぐ以外に選択肢はないんだとさ。
 
 
 

2017年3月25日 (土)

バイク

 「医者が、なんでもかんでもダメ、ダメでね。とうとうクズ屋に持って行ってくれって」。「ああ、もったいない」って親爺さん、喉元まで出かかったとさ。

Dsc_0024  親爺さんのヨット遊びの師匠でね、大学の先輩、と言うより兄貴分のような存在なんだそうだよ、その人は。
 親爺さんより早くから乗り回し、親爺さんよりも長く趣味にしていたバイクをね、手放したという話なんだ。毎月月例でバイク仲間とツーリングするのが楽しみで、親爺さんに自慢するんだ。何故って、親爺さんは一昨年、バイクを手放したからね。
 
 
その人は先月、〇〇肥大で手術を受けたんだ。 医者が厳しくて、食べたり飲んだりする事から、激しい運動まで禁止するんだとさ。多分、そうする事が必要だからの指導なんだろうね。
 「バイクに乗ってもいいですか」って、よしゃあいいのに態々聞いたんだとさ。
 親爺さんなら聞かないで乗ってしまうよ。

 その医者は、バイクに跨る姿勢から術部への悪影響を心配してのことだろうね。言下に却下だとさ。

 「あんたの乗っていたスクーターなら、跨るんじゃない、座る姿勢だからいいんじゃないかい」って聞くから親爺さん、「それじゃあ、スクーターを買って乗ってみたら」って、けしかけたんだとさ。いけない後輩だね。
 「ヨットに乗って良いか?」と聞かなかったのは賢明だとさ。ダメだと言うに決まっているよ。そう言われたら、親爺さんが便乗するチャンスもなくなるからね。

 バイクと言えば、親爺さんの活動仲間の元校長先生、しばしば改造バイクに乗って姿を現わすんだ。現役の身じゃあないから自由なんだけれど、教え子が見たらなんと言うか。その元校長先生、先日、新しいスクーターに乗って現れてね、親爺さんを羨ましがらせたんだとさ。先生、〇〇肥大の手術を受けたんじゃないよね。
 それにしても休日の銚子市内はね、爆音を響かせて通り過ぎるバイカーの多いこと。暴走族じゃないよ。皆、いい年の大人なんだよ。その走り去る光景を親爺さん、じっと見つめているよ。

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 今日は千葉市へ出かけた親爺さん、そこで先輩に嘆きを聞かされたという訳なんだ。以前住んでいた千葉市内の団地へ立ち寄ったら、桜並木に提灯が沢山吊り下げられていたとさ。けれど肝心の桜の蕾はね、未だ硬いとさ。
 千葉市内の桜の名所に数えられる亥鼻山の桜祭りがね、延期になったそうでね、団子の販売を画策している
親爺さん達の仲間は、団子の仕入れの手順が狂ってしまって、大弱りだとさ。開花予測したのは誰だい?。

2016年12月16日 (金)

写真仲間

 今朝は厚い雲に覆われて、散歩に出る気力が萎えてしまったよ。親爺さんに何度か促されはしたんだけれどね。家の前の空き地をウロウロ、小用を足して、その後は家の隅でうずくまっていたよ。

 昼頃には天気も快晴になって、出掛けた親爺さんが戻るのをジッと待っていたよ。外に出してもらうためにね。

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 その親爺さん、写真の師匠からメールが送られてきてね、師匠の店でしばしば出会うオヤジさんの写真がね、朝日新聞に掲載されたよ!って知らせを受けたんだ。
 その写真を撮ったオヤジさんは身体が不自由でね、杖をついて歩くことは、できるにはできるけれどせいぜい数十メートル。大抵は奥さんが運転する車に乗って、右だ左だとね。カメラを運ぶことも奥さんなら、三脚を立ててカメラををセットするのも奥さん。自分は横で「そうそう、それでいいよ」って、監督しているんだとさ。

 奥さん、「以前に比べれば、こうやって出掛けるようになれただけでもね」ってさ。

掲載された新聞と記事をコピペするとね・・・
 絶滅が危惧される渡り鳥「ソデグロヅル」が12月初め、旭市の水田地帯に飛来しているのが目撃され、同市後草の遠藤清さん(69)がその姿を撮影した。
遠藤さんによると、東庄町のハクチョウ飛来地に朝から撮影に出かけた際、仲間に教えられて行ってみると、翼の先端が黒い大型の鳥3羽がいた。えさをついばんでいるところや飛び立つ瞬間、並んで飛ぶ姿などを500ミリの望遠レンズで遠くから撮影したという。

 記事はオヤジさんの障害についても書かれているんだそうだけれど、まあ親爺さんなりに写真仲間として敬意を払っているそうでね、あまり身体の障害を話題にしたことはないそうだよ。

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 久しぶりに師匠の店を訪ねた親爺さん、しばしその写真の話題と、活動仲間の元校長先生差し入れのたい焼きをほうばった後は、刑部岬展望館に足を向けたんだそうだよ。
 とにかく寒くて、結局親爺さんが戻った午後も、アタシは散歩に出る気にはなれなくてね。ああ、以前のように炬燵に潜り込みたいよ。

2016年5月22日 (日)

模写

 明暗の極端に異なる情景を一枚の写真に収めることが、カメラの機能上難しい。だからなんとか知恵と工夫で見た目に近い写真に仕上げたい。というのが昨日の夫婦が語る処でね、それは親爺さんも同感する事なんだとさ。

 フォトショップのオヤジさん、「それは無理筋と言うもんだ」とは言いながら、撮影データーを読み込ませたMacを色々弄って、何とか注文主の望むに近い画像に仕上げたんだけれど、この場合は、あくまでも見た情景が再現されていないから、という、修正的な意味なんだけれど、商業写真などでは、元来ありえない情景を複数の画像データーを合成して、創作するような写真もあるそうでね。
 「それはアマチュア写真家の領域ではやりすぎよ。」、って言うのが親爺さんのスタンスだとさ。

 人の視覚に近い画像表現の追求では親爺さん、現役時代に取り組んだ仕事のエピソードがあるそうなんだ。

 当時、千葉市にある花の美術館の建設に取り組んでいた親爺さん、施設の基本コンセプトは活きた花によるディスプレーなんだけれど、加えて花をモチーフにしたアート作品の展示も意図されていたんだとさ。

 そのメインとして選ばれた作品が、モネのスイレンなんだとさ。千葉市の花が大賀ハスだから、と言うことでね。モネが描いたスイレンの作品は多數あって、国内でも、その原画を所蔵展示する美術館もあるのだけれど、花の美術館が目指したのは壁画なんだとさ。フランスのオルセー美術館に展示されているモネの壁画大作品二点を選んで、それをどうするか?。

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 買うことはもちろん、レンタルも不可能。結局、オルセー美術館の許可を得て、模写することになったんだとさ。当時、大手の印刷企業からは、精密写真製版のオファーが複数あってね。今では4Kだ、8Kだとテレビ画像が現実化しているけれど、当時でも最高技術のハイビジョンレベルの精細度で複写できると聞いたとさ。

 経済的にも検討に値する提案だったとさ。

 それが何故、人の手による模写を選んだか?。視覚なんだとさ。親爺さん達の依頼を受けてオルセー美術館当局と交渉にあたった著名絵画ブローカーの話によれば、芸術作品に対する尊厳を払え、と言うことなんだね。いかに精彩な写真が撮影できたとしても、それはコピー以外の何物でもない。日本人は、写真の仏像に心を入れられるか?。

 多分、印刷企業は克服できると断言するだろうけれど、オルセー美術館の展示の前で感じる感覚は写真では表せない。人が実物を観て受けた印象を元に模写することで、人の感覚レベルに訴えるオルセー美術館のモネのスイレンを、再現できる。それが許可同意の条件になったそうでね。かの地では、実物と見まごう贋作レベルの模写技術は相当なものなんだとか。

 結局、複数の画家がフランスに派遣され、モネがその作品で用いただろう絵の具を使い、こん身で模写したんだとさ。だからその模写作品の展示も、オルセー同様の環境、つまり展示室の形状や壁、絨毯の色、湿度や温度を再現維持して、模写した絵の劣化を抑える必要があるんだとさ。

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 この先、いつかは劣化を修復したり、展示変更の必要が提起されるかもしれないけれど、印刷コピーではなく、あえて高額な費用をかけ、手間隙費やした千葉市花の美術館の堂々たる贋作を、誰が守るのか。千葉市には本格的な美術館があって、絵画に造詣深い学芸員もいるから、その人達のサポートがあれば維持技術に不安はないとさ。ただ、本物唯一主義な美術の財産価値評価じゃあ、贋作に対する意識はどうなのか、正直親爺さんは心配だとさ。

2016年5月21日 (土)

再現

 「来週、もう少し様子を見て、治癒傾向に進展がなければ大きい病院を紹介しますから」。親爺さん、左手の親指の、アタシが噛んだ傷についてね、通っている近所の外科で言われたとさ。つまりお手上げってこと?。
 そんなに酷く噛んだつもりはないけれど、場所が悪かったって言ってたよね。
「だからあんな犬は・・・」。また母さん、アタシを追い出そうとしてる。
 「大丈夫だよ。お前を責める気持ちは髪の毛の先程もないからね」。親爺さんはそう言うけれど・・。

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 今日は親爺さん、ホームページの話題探しであちこち回って来たんだとさ。
旭市内の、いつも立ち寄る活動仲間のフォトショップのオヤジさんの店に顔を出したら、「五人で行ってきましたよ」って。何だなんだ、何処え?。
 オヤジさんの話に一瞬ピンと来なかった親爺さん、忘れていたんだ。今日は月例のタウンウォチングの日だったんだよ。うっかりすっぽかしてしまったとさ。
 そこへ顔なじみの夫婦が店に来たんだとさ。
これ幸いと、
体裁悪いこの話はそのままダンマリを決め込んだとさ。

 店にやってきた夫婦は
写真が趣味なんだ。旦那は足が不自由で、だから何処へ行くにも奥さんが同伴でね。車を運転し、旦那が指示する通りにカメラを据え付け、構図を決めシャッターを切る。それをフォトショップに持ち込むのも二人一緒。
 そんな二人が今日、話題にしたことは、筑波山頂から朝陽が顔を出す。ダイアモンド富士の逆バージョンだね。それを撮りにワザワザ百数十キロの道のりを、車を走らせたそうなんだ。やはり奥さんが運転したんだろうね。
 狙った構図の写真が撮れる場所は限られていて、暗いうちから多勢のアマチュア写真愛好家が押し合いへし合い、カメラを構えていたそうなんだ。

 この話の要点はね、明るい被写体を狙う場合に背負いこむ課題なんだとさ。
例えば下の写真は親爺さんが利根川岸で撮った朝陽だよ。それがまるで夜のように写ってしまっているけれど、現実は明るい朝なんだとさ。朝らしく写したいんだね。

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 ところが、明るい被写体にカメラを向けると、人の瞳が絞り込まれるように、カメラの絞りがすぼまって、朝陽の光に露出を合わせてしまうんだ。すると、朝陽以外の周囲の景色は露出不足で暗い夜景のように写ってしまうんだとさ。

 夫婦が撮った筑波山から顔を出した朝陽の光景は、実はそれだけじゃなくて、ヒナゲシの畑の向こうに筑波山があって、そこから朝陽が顔を出す。朝陽に露出が合ってしまうとヒナゲシの畑が暗闇に沈んでしまうんだね。

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 それでもなんとか撮影したヒナゲシ畑に浮かぶ筑波山から顔を出した朝陽、その上の空は朝焼け雲が写ってる。そんな写真をフォトショップに持ち込んで、画像処理ソフトでなんとか肉眼で見えたような光景を再現して・・・・。

 人の目には見える光景が、写真では見たように再現できないそうなんだ。どうする?。「どうするの?」って親爺さんも身を乗り出したそうだけれど、フォトショップのオヤジさん、「そりゃ無理よ!」の一言。

 そんなフォトショップでの楽しい語らいに別れを告げて帰宅した親爺さんに、アタシは待ちかねておしっこが漏れそうって、言ってやったよ。何しろ家族でアタシのおしっこまで面倒見てくれるのは親爺さんだけなんだ。アタシは待つよ。



2016年1月24日 (日)

フィーバー

 今朝の空は、「まるで蒸気機関車が吐き出す煙のような雲だ」とは、親爺さんの言葉だよ。風が弱かった所為だろうね。アタシはあまり寒いとは感じなかったよ。
けれどニュースでは「寒い、寒い」とね。日曜出勤から帰宅したケンニャンは、「寒い、寒い」。終日家にいたマユちゃんも「寒い、寒い」とさ。
 ご近所の婆ちゃんも「寒い、寒い」。こんなに皆が言うんだから、本当に寒いんだろうね。

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 日が暮れて、空に丸い月が青白く輝く頃にはね、鼻先が凍えるような風が吹いて、確かに寒いね。

 処で親爺さん、今日は久しぶりに活動仲間で、旭市内でフォトショップを経営しているオヤジさんの店を訪ねたそうだよ。
 「少し前まで、皆が集まってSL話に盛り上がっていたよ」って、オヤジさんが言ったとさ。皆というのはね、オヤジさんの店の常連、つまり趣味の写真愛好家達のことでね、その顔ぶれは多士済々なんだそうだけれど、つまりは暇なオヤジ連なんだとさ。その顔ぶれをそっくり束ねて、観光ボランティア写真の会と呼称しているそうでね。実は親爺さんもその会員に名を連ねているんだ。

 観光ボランティア写真の会とは、なんだか分かりにくい名前だけれど、観光ボランティア活動と、趣味の写真撮影を愛好する者の会をくっ付けたようなものだとさ。
 観光ボランティアと言うのはね、街を訪れる人達の観光ガイドをやろうという活動なんだとさ。
 それが何で写真愛好家グループと繫がるかと言えば、言い出しっぺがフォトショップのオヤジさんであることもそうだけれど、観光と言うほどに観光資源がある街じゃないんだとさ。けれどね、趣味の写真を撮る被写体なら、掘り出せば結構あるんだそうでね。それをガイドしようってことなんだとさ。その会員の面々は、言葉通り多士済済なんだそうでね。視点も様々。経歴も様々。

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* 2013/2/9日 撮影

 
 親爺さんがフォトショップに行く前まで盛り上がっていたSL話はね、一昨日、親爺さんが俄か撮り鉄を演じた、銚子に蒸気機関車が来るというイベントでね。
 普段は皆、親爺さんも同様だけれど鉄道を撮ることはないんだとさ。
そんなメンバーが来週末の蒸気機関車が牽引するイベント列車を撮ろうと、親爺さん同様、俄か撮り鉄になっちゃた次第なんだとさ。
 俄か撮り鉄だからといって、親爺さんのようにただレンズを向けてパチリ、じゃあないんだね。
 始発駅から終着の銚子駅までをくまなく踏査したそうでね、どこの地点なら夕方の太陽光に映えて細部まで撮れるか?とか、あそこのカーブでなら、蒸気を吐くとか、試運転期間中のこの数日間に調べ上げたようなんだ。
 中にはJRのOBという立場を利用して、蒸気機関車の運転手とコンタクトを取ってね、煙や蒸気を吐くポイントなど、インサイド情報を得ていたりとね。
 そんな情報を披露し合いながら、メンバーそれぞれが自分で撮ろうとする写真のイメージを作り上げていてね、それが撮れそうな場所に目星をつけている。そういうことなんだとさ。今日はお休みだったそうだけれど、明日から試運転が再開されるからね。皆の心はもう現場に向かっているそうだよ。
 
 親爺さん、もう少し早く、フォトショップに行くべきだったと悔しがっていたけれど、「こいつは負けられないぞ!」と、勝手に競争心を燃やしているんだ。

 正に撮り鉄フィーバーも加熱一方な様子だね。


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