2021年5月11日 (火)

危ないよ。

 久しぶりに親爺さん、旧知のオヤジさん達の溜まり場を訪ねたとさ。コロナウィルスがますます猛威をふるい始めている中でのお出かけだから、少しばかり気が引けたそうだけれどね。でも仕方なかったそうだよ。  数年前のようには仕事にパソコンを使ってはいない親爺さんだけれど、実は親爺さんの日々には欠かせない物になっているんだ。その愛用しているパソコンがね、こんな時に不具合をおこしてね。10年間も使っているんだから、不具合を起こしてもしかたないのだけれど、有難いことに、こんな時の駆け込み寺が、写真とパソコンの師匠であるオヤジさんの店なんだとさ。

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 皆、親爺さんと同じ年配者だけれど、このコロナ騒動にも微動だにしない。勿論用心はしているんだろうけれど、コロナを笑い飛ばしてやろうといった気構えでね。久しぶりに訪ねた親爺さんも交えて、しばし最近のコロナ談義を、そう楽しんだそうだよ。

 で、その時親爺さんが知ったのは、銚子市は未だ情報過疎なほうなんだね。周辺の街では彼方此方でクラスターが発生しているとかでね。そうは言っても今朝も市の防災放送が一人、昨日と一昨日も一人の患者発生を伝えていたから、数ヶ月前に比べれば、患者数は1クラス増えている勘定だよ。

 今日のオヤジ連の話の中で、この春以来急に増えた観光客なんだ。東京には怖くて行けないから周辺の観光地に行こうってね。それじゃあコロナ封じ込めの意味がないじゃない。「オリンピックどころじゃないよ」って言うのが、オヤジ連の認識だとさ。

 ところでパソコンの不具合は師匠の手さばきで思いも早く解決してね、しかもオヤジ連の井戸端会議を楽しめた親爺さんだとさ。

 

2021年1月19日 (火)

待合室

 「銚子市長です。今日新たに二名の市民の感染が確認されました。これで今月に入って計10名の・・・」。だとさ。

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 昨日、親爺さんが近所のクリニックに、手持ちの飲み薬が少なくなったので、その処方のため行ったんだとさ。そこでの話だけれど、「先生、アタシ、コロナに感染したんじゃないかと・・・。どうも具合が悪くて」。親爺さんが採血されている隣の診察室から聞こえてきたとさ。「ウチじゃあコロナに感染してるかどうか分からないよ。だいたい、あれは千人に一人がかかるかどうかの病だからね」と、うんざりしたような院長の声が続いたとさ。

 クリニックだからね。大半の来院者は高血圧だとか糖尿だとか、まあ持病があって、コロナに感染すれば明日がなさそうな人ばかりさ。だから不安なんだろうね。昨日もあったんだ。”銚子市長です”で始まる広報無線の放送がね。ここの処連日だよ。

 親爺さん、昨日はそのまま午後、孫達の写った写真をプリントするため隣の市へ行ったとさ。親爺さんのボランティア活動仲間でパソコンの師匠のプリントショップへね。数ヶ月ぶりの訪問でね。店には師匠と”招き猫”役の婆ちゃんが座っていたそうでね。婆ちゃん、最近崩していた体調も何とか安定して、店を訪れてお喋りを楽しむ親爺連の相手をしているんだ。「最近の集まり具合は・・」。「最近来る人は少ないね。数人ぐらいだね」。そこへ顔なじみのボランティア仲間だった元校長先生がひょっこり」。

 客も来て、狭い店は”密”になりそう。親爺さん、プリントした写真は、今日69歳の誕生日を迎える母さんに誕生祝い代わりに渡そうと思っていたそうでね。だからこのまま店に居座る訳にもゆかないと、話が盛り上がる中、おいとましたとさ。

 そんなことで今日は終日部屋に篭るつもりでいたようだけれど、アタシが退屈していたんだ。強い北寄りの風の中、家の外へ引っ張り出してね。実は昨夜、アタシは庭で夜を過ごしたんだ。夜中に外へ出してもらったんだけれど、開け放ってあった玄関のドアが吹き出した強い風で閉まってしまったんだよ。にもかかわらず親爺さん、それに気づかぬまま寝込んでいたんだ。アタシは寒空に締め出されたその恨みもあったんだ。

 

 

2020年12月 3日 (木)

折衝

 直近の小学校で特別支援クラスへの編入を前提に、入学手続きをしたんだとさ。兄貴分のコーチャンの来年度の進路でね。来年の3月末には保育園を卒園するからね。もう一人、弟分のアキちゃんは、保育園の入園申請をしたんだとさ。小学校と違って保育園は市当局が割り振るんでね。銚子市内では少子化が著しくて、都市部のように待機児童になる可能性は少ないけれど、希望はできても入園先は当局の振り分けに委ねるのがルールだとさ。

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 コーチャンは一歳からの入園だったけれど、アキちゃんは二歳からさ。まあ、両親がいろいろ考えた結果でね。次男らしくヤンチャで目を離せない心配はあるけれど、明らかにコーチャンとの振る舞いは違うので、弟までもが発達障害と診断されることはない。そう親爺さんは観ているとさ。

 家族がいろいろ思いを巡らしたのはコーチャンのことでね。同じ歳の幼児と”できる、できない”で比べれば、圧倒的にできないことばかりでね。なにより団体行動がダメでね。皆と同じ所作をしようとする動機が考えつかない様子でね。言い聞かせても理解できないらしいんだ。生活習慣も未だ身についていない。未だオムツでトイレに行くのを嫌がるし、食事は手づかみでね。箸やフォークが使えない。つまり身のこなしが不器用なんだ。加えて極端な偏食で、これで成長するのが不思議だよ。でも、体躯の伸長に問題無し。とは言え何度も言うけれど、日々、家族が目を見張るような成長を見せているんだ。

 実は障害のない幼児は小学校に上がるに際して、ほぼ自動的に入学手続きが済まされるんだ。通学先について保護者がクレーームでもつけない限りはね。しかし障害があると、その障害の程度により普通の小学校の特別支援クラスか、もしくは特別支援学校という、あらかじめ用意されたコースに進むことになるんだ。

 教育委員会は、そのコースについて、専従職員の多い特別支援学校を推薦するのが、お役所的な感覚ではそうなんだ。一方、父兄にとっては、どう観たって障害が重くて・・・ということを認識して特別支援学校を唯一の選択とする人はいる。けれど、一見、普通の幼児でやや癖のある振る舞いを見せる程度なら、普通の小学校に進ませたい。そう思うんだよ。コーチャンもその例でね。

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 制度的に、普通の小学校で特別支援クラスに入学しても、指導で持て余されるようなら、学期途中でも特別支援学校への編入替えを勧められるそうでね。その逆はないとさ。

 今日、コーチャンの入学先について、最終の折衝を当局と行うためケンニャン、マユちゃんそろって教育委員会に出かけたよ。二人とも教職員だから、特別支援クラスでの指導経験があるんだとさ。それだけに、障害児童の指導を担任する教員の障害に対する理解度や、忍耐など人間的な資質と指導力が重要だというんだ。その出会いがまずいと、不登校になったり、いろいろ問題がね。

 親爺さん、お役所勤務経験者として”職員の能力や資質を考慮した人事が行われる”なんて事は建前だというんだ。もしそうなら、数多で聞く不祥事はおこらないだろうからね。さながら当たりくじに出会えるよう、良い人材が通学先にいることを祈っているんだとさ。

 そんな不安を抱えながらケンニャン、マユちゃん、愛息を特別支援クラスの道に進ませることを決心して、当局と折衝したとさ。今日はなんとか当局と折り合えられたということなんだろうね。ただ帰宅して一言、「疲れた!」とさ。

2020年10月 6日 (火)

運動会

 アタシの散歩道沿いでヒガンバナが咲き出したよ。それにとても良い薫りも漂っているんだ。親爺さんに聞いたらキンモクセイの花が出している香りなんだつてね。季節が異なるけれど春先に香る梅やロウバイも、似た様な香りだよね。香りとしては余り評価はされていないようだけれど、アタシには分かる青い小花のツユクサが、過ぎ去った夏の名残のように道端で群生しているよ。 

 いずれも写真を見せられないのが悔しいよ。

  ところで先週末、コーちゃんが通う保育園で運動会が開かれたんだ。当初の話しでは、コロナ感染を危惧して園はそれを開催しないとアナウンスしていたのだけれど、一部の父兄から開催要求が強く出たそうでね。卒園児の思い出作りに何としてもとの事。コーチャンも卒園児に数えられる一人だけれど中止という判断にホッとしていたのさ。発達障害児である彼には、運動会は苦痛以外のなにものでもなくてね。毎年、だからその練習が続く頃、昨年はとうとう心理的なストレスなんだろうね。パニック状態に陥って、平静を取り戻すまでに半年近くかかつたんだ。

 最終年度の今年は、練習期間も含めその間、家族は保育園を休ませる心積もりでいたのさ。勿論運動会だけでなくその他の人が集まるイベントで、保育園は彼一人のために保育士をサポートに割り振るなどと、申し訳ないほどの配慮をしてくれていたんだよ。一方、それを特別扱いで公平ではないとする声も出ていたらしくてね。

 ともかくイベントのある週は、なんとも居心地のわろい事なんだ。可愛い我が子の晴れ姿を見た異思いは、我が家もおなじなんだけれどね。

 そんな事を背景に、それでも願い虚しく開催された運動会。保育園は開催に条件を設定したんだ。もし、人が集まって、そこでクラスターでも発生したら誰の責任になるのかと。だから運動会は今年も開催するけれど、子供たちと保育士のみでおこなうとね。

 運動会は開かれて、けれどその様子を知る父兄はいない。「コーチャン、楽しそうに独りで走っていました。あんなに楽しそうな表情を見たのは初めてです」。夕方、保育士さんが電話をくれてね。ありがとうございました。アタシも感謝た しているよ。

2020年6月 9日 (火)

ガラス越しの面会

 満面の笑顔で現れたとさ。

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  今朝は久しぶりに親爺さんが先にゴソゴソ動き始めてね。4時20分ごろだよ。勝手口から静かに出て行ったから、久しぶりに朝陽を撮りに出たんだろう。そう思ってアタシも家の外へ出て親爺さんが戻るのを待っていたよ。案の定、10分ほどで戻って、その後はアタシと散歩へ出たんだ。アタシも足腰の違和感を抱える身、そんなに遠くへ出る積りじゃなかったんだけれど、やはり今の時季の早朝は快適でね。もうちょっともうちょっとで、1時間近くの散歩になってしまったんだ。さすがに調子に乗り過ぎたと自覚しているよ。朝食を終えた後は、終日ごろ寝さ。そんなアタシを親爺さん、タブレットでビデオ撮影したんだ。何するんだと聞いたら、母さんに観せるんだとさ。そうか、今日は特養施設で母さんと面会するんだったね。アタシからもよろしくと伝えておくれ。

 昼過ぎに親爺さん、マユちゃんとアキちゃん母子同伴で戻ったんだ。面会の首尾はどおだったの?。

 施設の中庭で、親爺さん達は外側に置かれた椅子に座って待っていたそうでね。そこへ建物の内側になる廊下を、スタッフさんに押された車椅子姿で現れたそうなんだ。半年も会っていなかったからね、親爺さん、幽霊のように力無い姿を予想していたそうだよ。けれど見た処、予想以上に元気な様子でね。

 施設で管理された食事と必要な介護を受けて、倒れた頃に比べてずっと健康そう。親爺さんに比べて少し太ったように観えたとさ。スタッフさんが親爺さん達に紙に書かれた電話番号を示してね、ここに電話するようにとさ。で、親爺さんが携帯電話で指示どおりにすると、スタッフさんの手にした電話が鳴って、その受話器を母さんに渡してね、「これで話せますよ」って。そこで建物のガラス窓を挟んで双方が電話機を耳に、「どう、元気?」。

 親爺さん、そんなに母さんと話すこともなくて、だから必要な品物を聞いたり、差し入れる衣類のサイズを確かめたりと。けれど母さんの視線は同行していた一歳児のアキちゃんに釘付けだったとさ。今日の彼は仏頂面でね。見知らぬ人を前にする症状でね。けれどガラスを挟んで手のひらを母さんの手のひらに合わせるなど。母さんが涙を流して喜んでいたから、孫の力は偉大だね。

 親爺さん、持って行ったタブレットに保存されているビデオ画像のアタシと、コーチャンの姿をガラスに押し付けて母さんに見せたとさ。そんなことで予定された面会時間はアッと言う間に過ぎたとさ。

 ともかく母さんが予想以上に元気で、成長する孫の姿に喜んでいたから、今回の面会は居合わせた皆がハッピーな気持ちで終えたそうなんだ。

 

 

2020年3月30日 (月)

 「生徒指導で呼び出された。明日は旧勤務校に出勤だ」。ケンニャンが言ったよ。

四月から高等学校へ赴任が内定しているケンニャン、今月最後の明日は休暇を取る積りだったとさ。だから今日は最後の引き継ぎのため出勤したんだ。その最後の出勤は、予想に反して早々と帰宅してね。

 * 散歩コースの桜並木、今朝の人通りは無かったよ。

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 校区でのコロナクラスター発生で、先生達もパニックなんだとさ。過去に経験のない事態だからね。これから先の見通しがつかなくて、まあ現状では為す術もない様子なんだとか。在校生も家族共々隔離されてしまっては、学校再開も霧の中なんだろうね。噂では、校区にある多くの人が集まる公的な施設や商業施設も、すこしでも感染者との接触の可能性が考えられる所では、ウィルス検査が始まっているとかでね。母さんが入所している施設も検査対象なんだろうか。

 親爺さん、たまたまWeb サイトで数学関連の動画を見つけてね。数学が苦手な親爺さんらしくないと思っていたら、「むやみやたらな検査は、意味がない」ということを数学的に説明している動画なんだとさ。結構興味深く観ていたらしくて、でも終わりの方では興味を失ってしまったようすだけれど、とにかく確率的な視点で見れば、合理的な疑いや感染の兆候が観える対象に絞って検査する。日本政府の方針に納得なんだとさ。

 話をケンニャンが呼び出された理由に戻すと、今季の卒業生の一人が不始末を仕出かしたんだね。卒業させたんだからもう指導の義務なんてないんじゃないか?。そう聞いたらケンニャン、今月末までは中学校に在籍とされるそうでね。本人はきっと、羽根の生えた何とかの気分でいるだろうにね。

 一方、これから行く予定の高等学校は、未だ在校生じゃないからそちらでと。もっともだね。義務教育である中学と違い高等学校での指導となれば、多分、処分という罰が下されるかもしれないそうでね。未成年が20歳を過ぎて、突然成人扱いされるに似た、境界線状の間にいる状況だね。

 それにしても最後の仕事がコロナクラスター地域での生徒指導なんて、ケンニャンも不運なことさ。本人はそれを愚痴ってはいないけれど、家族の思いはね・・・。

 

 

 

2019年12月30日 (月)

ご近所さん

 目覚めた時は曇り空。親爺さんに散歩を誘われたんだけれど気が進まなくてね。なんとなく降ってきそうな感じがしたんだよ。案の定、9時過ぎには結構強い雨が降り始めたよ。

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 ケンニャン達はそれぞれ部屋の片付けと2人の子供の相手で手一杯。親爺さんは雨合羽を着込んで、先日から取り組んでいる外壁のクリーンアップ作業をやっていたよ。先日、玄関周りを。今日は勝手口とベランダ内側を高圧水で水洗いさ。離れてその様子を見ていると、壁に当たって弾けた飛沫を浴び、さらに強まった雨の中、雨合羽も然程濡れるのを防いでくれているようには見えなかったよ。だから一時間余で今日の作業は切り上げ親爺さん、風呂場に駆け込んだよ。玄関の外観は結構見違える程にシャンとしたたたづまいに見えるけれど、懸案の北側外壁は汚れたままさ。足場を組めば作業は簡単に済むのだけれど、脚立に乗って背伸びするのはね、チョット危険だからね、今回はこれ以上深入りしないことにして、残した部分は何か策を講じるとさ。

 

 話は違うけれど、実家とは結構面倒な存在なのは、洋の東西変わらない様子だね。昨日の事さ。親爺さん、家の外でアタシがフリスビーをドリブルする様子を見ていたんだ。すると小さな、2歳程の男の子がチョコチョコとアタシに近寄ってくるじゃ無い。アタシが戸惑っているのを見た親爺さん、その子に近寄ってアタシとの間に立ち塞がったんだ。そんな事しなくても、アタシは襲いやしないよ。コーチャン、アキちゃんで子供には慣れてきたからね。

 そこへ母親の中国人が近づいてきたので自然と話し始めたよ。うちの母さん、結構嫉妬深くて、親爺さんが近所の女性と立ち話しようものなら「あの人嫌い!」ってね、後に牽くんだ。幸い今は不在さ。で、以前言葉を交わした時は、同じ住宅地に中国人主婦や子供が住んでいるのだけれど、その人達とは余り話しをしないそうでね。だから夫である日本人男性が仕事に出た後は、独り育児なんだとか。

 丁度その時はマユちゃんが家の中で片付け仕事中。親爺さん「ウチにも育児中の家族がいるから紹介するよ」ってね、マユちゃんを呼んだんだ。出てきたマユちゃん、その中国人の母親と挨拶し、子供の話題を交わしていたよ。で、「これから機会を見つけてお話ししましょ」ってさ。ご近所付き合いってやつだね。

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 その中国女性が話したことに、保育所に子供を預けたいのだけれど、2歳の子供は3歳になると中国に一時帰国させなければならないそうでね。実家のしきたりらしいね。そうなると、保育園に預けられないというんだ。そう言えば、お向かいの家の中国人母親も、子供2人をしばしば実家の祖父母に預けていたよ。それも半年近くね。まあ、それが彼女達実家の習わしなんだとしても、その母親、眉を寄せて話していたから、実家に負担感がるんだろうね。実家の事は、日本でもしばしば聞く話しさ。

2019年12月22日 (日)

詰まる処は人

 今日は朝からハッキリしないお天気でね。アタシんちは北寄りの冷たい風に吹き曝されているよ。それでも家族は午前中から出かけてしまって、アタシだけで家の留守番さ。まあ、怪しい人が入ってきたら、それこそ無傷じゃ済ませない気構えではあるよ。

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 午前中、親爺さんはクリスマス礼拝出席のため、コーチャンの通う保育園に隣接するキリスト教会へ独り出かけたんだ。親爺さんが洗礼を受けた教会とは宗派が異なるけれど、プロテスタント系ということでは同じでね。もっともキリスト教会は、宗派にこだわってはいないんだ。来るものは拒まずでね。

 今年のクリスマスは来週の火曜日、平日でね。多くの教会では24、25日、昼間や夜にクリスマスの特別礼拝を行っているけれど、その直前の日曜日礼拝をクリスマス礼拝としているんだとさ。親爺さん、クリスチャンの経歴だけはもう50年近くなるとさ。まあ、中身はチョットお粗末。もっと真摯に罪の赦しを請うべき身だとさ。

 処で昨日、辻向かいの魚屋さんが店を閉じたけれど、ケンニャン、最後のご縁にと刺身を一皿、買ってきたんだ。そう思う人は我が家だけではなかった様子でね。終日、客の車が絶えなかったよ。近所とは言え我が家が銚子に住み着いたのは3.11直前、以来9年になるけれど、地元っ子から見れば未だによそ者さ。本来なら廃業する事情など耳には届かないよ。けれどケンニャン、どうして聞き出したのか?、刺身を家族で賞味しながらその事情を話していたよ。その魚屋は今年で創業90年余。ずっと家族と親戚だけで細々と営んできたそうでね。その顔ぶれが廃業を決心したのは、介護という事態なんだとさ。

 90歳を超える婆ちゃんが矍鑠とする一方、より若年者に要介護者が出て魚屋を回す人手が欠けた。それが理由だそうでね。黒字廃業さ。そういう理由で店を閉じたご近所の商店はいくつもあるよ。要介護者がいるため仕事を辞めた、という現役世代のご近所さんもいるよ。ここで不思議に思ったのは、在宅介護故の廃業や失業なんだ。我が家のように、介護施設に頼るという選択はなかったんだろうか。どうやらそういう選択ができなかった模様でね。朝、介護施設の送迎車が行き交う街の光景を日々、散歩中に目撃するから、デイケア施設や出張介護サービスの需要は少なくない様子さ。

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 ご近所さん、結果的に介護施設への入所が叶わなかったんだね。だから在宅介護以外に選択肢はないんだ。 親爺さん、母さんを思う度に、そしてご近所さんの話が耳に入る度に、正直肩身が狭いとさ。母さんが倒れて以来、幾つかの医療施設や介護施設をリレーして、現在は特養施設に入所できているけれど、このように段々飛びで事が叶った例は、世間相場に照らせば少ない事例らしいね。極めて幸運な方なんだとさ。

 現実を知れば知るほど、ありがたい事さ。とにかく今は介護施設に頼れている故に親爺さん、日々のマネージメントが成立している訳でね。そうでなければ、アタシは里子に出されていたよ。 

 街の活性化について、いろいろな試みや議論がなされているそうだけれど、親爺さんが目にする光景は、この街は死にゆく街に見えてしまうとさ。そのような現実故、クリスマスの意味が一層重要になるんだろうね。

2019年6月 1日 (土)

父親の背中

 空一面の雲に、朝陽を撮ることができなかった親爺さん、そのまま再度寝床に潜り込むことはせず、アタシと異例な程に速い散歩へ出たよ。さすがに早朝4時半頃に行き会う人はなかったけれど、空は4時前には白んでいたよ。この調子でドンドン早起きを続けていれば、夏至の頃には3時台の起床なんてことになってしまうかもしれない。さすがにそこまでは親爺さんの日の出ウォチングに付き合えないさ。

 家族はね、昨日、コーチャンの保育園の遠足参加で、親爺さんとアタシを留守番に残して、一家で東京ディズニーランドへ出かけたんだ。ディズニーランドがどんな処なのかは知らないけれど、親爺さんも40年近い昔、ケンニャンを連れて行ったっきりでね、最近の様子は知らないんだとさ。コーチャンは保育園の遠足で、確か昨年か一昨年かにディズニーランドへ行った経験がある筈でね。その際は、彼は余り楽しそうではなかったと聞いているんだ。その時は、彼が未だ幼すぎるからだと思っていたけれ、今回も園内のアトラクションはどれも利用しなかったとさ。どうやら、館内に流れる大音量の音楽や効果音が、彼には苦痛らしく、耳を両手で覆ってしまったとさ。一方、園内で流れる様々なBGM音楽は心地よいらしく、それに合わせてステップを踏んでいたというから、彼なりに楽しんだんだろうね。そんな訳でケンニャン達は疲労困憊の体でね。今朝はコーチャンだけが何時もの時間に起床して、独り台所に下りてきたよ。

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 処でアタシんちのお隣で住宅の建築が始まっているんだ。丁度食卓からその建築の様子が全て見えるんだ。観察していると、基礎の床掘作業から始まって、整地、鉄筋組み立て、基礎型枠の組み立て、コンクリートの打設と順調に推移しているよ。で、今日は完成した基礎コンクリートの上に床の木組と、板張り作業なんだけれど、これまでの作業の様子を観ると、それぞれの作業ごとに違う顔ぶれの職人さんが来て、その部分を一日か二日で仕上げているんだ。

 今日は早朝から家族で作業する職人さんでね。家族と言っても夫婦とコーチャンと同じ程の年齢の子供連れなんだ。父親が木組みされた床にベニア板を釘止めする作業を、母親が手伝い、男の子が電動工具のコードを抱えて運んでいたよ。

 あんなに幼い子によくできるものだと、アタシと親爺さんで作業の様子を眺めながら、食卓でイチゴをひたすら頰張るコーチャンを振り返って、密かにため息ついていたんだ。勿論、比較しても意味無いことだよ。その子はね、父親のやっている作業を理解している様子でね。釘付けされた床板を足でトントンと、多分しっかり収まっているかどうか、確かめている風情だったよ。

 話がずれるけれど親爺さん、やはり学齢前、母親を亡くして、だから父親の職場に連れて行かれる日々の経験があるそうでね。父親は稲作の研究者でね、毎日顕微鏡を覗いて稲穂に実った米粒を数えたり、水田で根から葉の長さを計測したり。その様子を眺め、時に手伝ったそうでね。父親の当時の肩書きは技師だったとさ。で、親爺さん、自分も技師になろうとね。分野は異なるけれど、親爺さんも技師の時代があるそうなんだ。

 今日、窓からその子を眺めて親爺さん、父親の背中を見ていたそんな時代を思い出していたとさ。

 

 

2019年5月19日 (日)

隣人

 「お隣の様子がいつもと違うよ」。そうだね。「あの車、葬儀社の車じゃないか」。ひょっとして!。

昨日、夕食の用意をしながら家族が窓越しに覗いてね、話していたんだ。この宅地に越して来て8年目。十数軒分の宅地が造成されているんだけれど、3.11津波が利根川を遡上して、宅地間際まで迫った事実に怖れをなしてか、見学者も無くわなかったけれど、ここ数年前まで我が家ともう一軒。その二軒が住民の全てだったんだ。数年前、中国人と結婚した家族が一区画に家を建てて今は三軒が住んでいるけれど、その家との交流はないよ。

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 我が家族が越して来た最初の年、西も東も分からぬ親爺さんに、順番だからと組長役が押し付けられてね。その当時、住宅地の二世帯を含めて親爺さんが担当した組は10世帯だったよ。5年程経った頃、独居老人宅で住人が亡くなって9世帯に減ったんだ。で、中国人と結婚した家族が越して来て再び10世帯。内 そしてアタシんちの隣で先週から宅地の建築が始まったことは、このブログで触れたけれど、それで11世帯に増えたよ。ようやく増加に転じた筈なんだよ。

 今朝、暫く人気が絶えていた隣家に人の出入りが観えたので、玄関先へ近づいてね、尋ねたよ。「ひょっとして?」。「昨日亡くなりました」。引っ越してきて以来の隣付き合いがあってね。数年前、その家のお爺さんが亡くなったんだ。ピンセットで庭の草を抜くような人でね。庭はまるでクレーのテニスコートのような仕上がりだったんだ。その几帳面なお爺さんが亡くなって以来、婆ちゃんが残って独り暮らし。アタシにはなにくれとなく可愛がってもらってね。

 最近は婆ちゃんの散歩姿を見る機会も減って、けれど時折、介護サービスの車が玄関に止められ、どこかへ連れて行かれる姿を見たよ。そして去年の秋、うちの母さんが倒れて入院した前後に、やはり病院へ入院したと、近親者から聞いていたんだ。

 とうとうその家は住む人も居なくなって、再び今は9世帯になってしまったよ。寂しいね。今日、土間コンクリートを打設した隣の家が完成して、施主が入居すれば10世帯にはなるけれど、この先を見通しても10世帯前後で推移すれば良い方だろうね。10年内では暫減方向だよ。そんな隣家の有り様でね。一方、あちこちに囲いができてアタシの遊び場が減りつつあって、最近は我が家の庭を最後の拠り所としているんだよ。今の時季、花爛漫でね、ご近所でも知られているんだ。その所為か親爺さん、日曜日の今日も午後の半日、剪定鋏を持ったり庭で草むしりさ。ピンセットで草を抜くような几帳面さはないけれどね。

 

 

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