NPO活動

2020年7月10日 (金)

霧の午後

 日本の本州でごく近年まで灯台の霧笛が使われていたという犬吠埼灯台も、今ではその霧笛の音は聞けないよ。今日などは、まさに霧笛の出番だっただろうにね。

 昼頃は薄日が射して、車の中では入り込んだハエが死んでしまう程に暑かったそうでね。親爺さんの車はボロで窓の開閉ができなくてね、暑いからとエアコン入れても直ぐには効いてこないんだとさ。そんな車で親爺さん、独り出かけたよ。今日はコーチャン、平熱で遊び相手する親爺さんを疲労困憊させるほどに元気なんだけれど、「大事をとって明日は休ませます」なんて施設に告げてしまったものだから、今更連れてはゆけずにね。言葉の責任を取って母親が二人の子供の相手をすると言うので親爺さん、先日、ボランティア活動仲間で写真とパソコンの師匠から尋ねられた、街角に植えたタイタンビカスという植物を観に行ったんだ。

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 話と言うのは、手に入れたタイタンビカスを二株、同じように植えたけれど一方は開花して、もう一方は未だ蕾のまま。オリンピックの開会にタイミングを合わせる意図があるので、これじゃあ困るんだとさ。親爺さん、汗をかきながら件のタイタンビカスを仔細に観察したそうだけれど、”別に・・”ってね。確かに師匠の言葉通りではあるんだけれど、単なる個体差に観えてね。正直親爺さん、このタイタンビカスなる植物を扱ったり、植物園で栽培したこともなくてね。

 ネットの記載では、どこかの園芸家が異種交配で作り出した園芸植物らしいんだとさ。親爺さん栽培経験がなくとも、自然交配種なら原種の性質や原産地環境から、ある程度の生活パターンを読み取ることができるので、それを元に考察を進めてもそれほど見当違いな答えにはならないそうでね。けれど人工的な交配種では、それほど単純ではないそうでね。ただし、人工的な交配種だたからといっても商品価値を考えれば、むやみに難しい栽培法を必要する株が市場に出てくるとは思えないとさ。何れにしても親爺さん、もう少し時間をかけて調べるとさ。

 親爺さん、専門家と自称しているけれどヤブ医者レベルだからね。何度も話すスカシユリにしても、増殖プロジェクトのスタートでは、スカシユリとオニユリを取り違えて種子繁殖を試みるなど、まあ、呆れる程さ。それでも何度かの試行錯誤で本道に迫りつつはあるんだけれどね。ちなみにスカシユリ、庭にあるスカシユリを自家授粉させて、できつつある種胞がどうなるか。それが種子を育か、いまはその経過観察中でね。もし種子が育てばその種子で。もし種胞ができなければ、スカシユリは球根の鱗片分離で増えるのかもしれないとね。

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 話がそれたけれど、今日観察した二株のタイタンビカス。来週も観察に通って見るとさ。午後、太平洋から涼しい空気が屏風ヶ浦に押し寄せてきたんだ。親爺さんが隣町の海岸沿いでタイタンビカスを観察している頃、濃い霧が辺りを覆い始めてね、夕方には台地を乗り越えて利根川に流れ込んだんだ。親爺さんが帰宅した頃には、遠く雷鳴が聞こえたよ。

 

 

 

 

2018年11月 3日 (土)

お手伝い

  親爺さん、久しぶりにボランティア仲間からの招集が掛かったよ。
例年、この時期は親子防災キャンプ企画で東奔西走しているんだけれど、今年はそれは無し。NPOの今年度の事業計画には開催予定と記載されているんだけれど、親爺さんも他の誰も、開催に向け今年は積極的に動かなかったからね。ここら辺が店仕舞いの潮時。そんな雰囲気だね。

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 今日、お声が掛かったのはパソコンと写真の師匠でね、フォトショップの親父さんが主宰する写真クラブが、旭市の文化祭で作品展示や賑やかしをするということでね、人手が足りない。そういうことなんだ。親爺さんもそのクラブに名を連ねているんだとさ。名目は旭市のイベントなんだけれど、裏話を聞けば、町村合併の消化不良が未だ解消されていないそうでね。実質的には合併前の町単位で、それぞれの公民館三ヶ所で開催されていたそうなんだ。処がそれに業を煮やした市当局が、来年度からは市統一のイベントで、会場も統合する。そう方針を打ち出したそうなんだ。つまりは公式イベントとしては、地域の人達にとって最後になるそうなんだね。

 高知市のよさこい祭で、市民実行委員会と市当局が対立している話は、ニュースにもなっているけれど、似たような雰囲気でね、師匠は、今後も従来通りにこの会場で、自分達だけになっても続ける。そう親爺さんに話しているそうだよ。

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 今日の雰囲気を観察する限り、仲間の内輪の内覧会レベル。そう親爺さんは感じたとさ。だから市当局が合理化を図る意図もわからなくはない。けれど師匠の考えも分からなくはない。ということで親爺さん、極めて日和った姿勢でのお手伝いになってしまったとさ。

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 今日の親爺さんが担った役目は、旭市のキャラクターのお守りだったとさ。「無理を言って役所から借り出したキャラクターだから、傷なんぞついたら困るよ」って、ボランティア仲間が繰り返し言ったとさ。

 「ありゃなんだね?」、「アサピーです」、「ふーん」。 「今の人達は誰?」、「市役所のお偉いさん達」。
 親爺さんが張り番しているキャラクターの前を通りかかった背広姿のそんな会話がね、耳に入ったとさ。自分達のキャラクターを知らないなんて、まさかね。

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 「私とジャンケンして勝ったら、ミニトマトを一ケースプレゼントしますよ」。
自然に負けるって、結構難しいよね。幸いこの家族は二ケースゲット。

 

2018年10月30日 (火)

表彰式

  昨夜、雨が降ったんだね。道路の路面が濡れていたよ。その割には車のウィンド・ガラスに水滴は残っていなかったけれどね。
 今日、親爺さんが立ち会う会合は午後からだったので、電車の時刻が来るまではと親爺さん、家事や送迎にアタシとの散歩などを慌ただしく済ませてね。

 その後、千葉市に向け忘れ物もなく出かけて行った親爺さん、危うく遅刻するところだったとさ。乗った電車がね、千葉行きの積りで乗ったけれど、実は成田止まりで銚子に折り返す便だったとさ。折り返しのアナウンスに気がついて大慌てで発車寸前、その電車から飛び出してね。結局しばらく待って、別のホームで快速に乗り換えたそうだけれど、気がつくのが遅れていれば、再び銚子に戻される処だったとさ。昨夜の睡眠不足で、他の乗客が降りてしまった後もそのまま、居眠りしていたそうなんだ。

 とにかく千葉市民会館の会議室に開場間際に飛び込んでね、それでも何食わぬ顔で指定された席についたとさ。
 このブログで、花壇コンクールの作品紹介を順次する積りではいたのだけれど、結局時間切れで表彰式を迎えてしまったとさ。
 写真は、最優秀賞を受けた花壇でね。新興住宅地の一隅で、ゴミが不法投棄されていた道路縁の家一軒も建てられないような狭小な土地なんだとさ。
 住宅地の開発では、可能な限り土地を宅地として売り切ってしまうよう、開発業者は色々工夫するんだそうだよ。それでもわずかだけれど売れないデッドスペースが生まれてしまうんだね。

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 この場所に目を向けたのが、この住宅地内の集会所に集う爺ちゃん、婆ちゃん達さ。その中に、市が主宰する地域リーダー養成講座の受講者がいてね、その人物の提案で園芸クラブが作られ、そのクラブメンバーが取り組んだプロジェクトなんだとさ。
 親爺さん、この花壇コンクールを40年以上前に立ち上げた張本人だとさ。で、その当時と今とでは、花壇の出来栄えに隔世を感じるそうでね。当時の花壇といえば、畑に大根やナスを植えるように、ただ花苗を並べるだけのような。それを花壇と言っていたそうでね。40年以上経て、今では素人とはいえ立派なガーデニング集団だとさ。文句なしの一等賞だとさ。

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 この他にも数十件、受賞したそうだけれど、親爺さん、正直ドングリの背比べだと思ったそうでね。けれど講評でそんな事は言えないから、スライドを映しながらの苦し紛れな説明をしたそうだよ。しかしそれは皆の作品を卑下したのでは決してないそうでね。花壇材料として、全参加者に同じ種類の草花タネが配られ、それで花壇を作れと言われれば、嫌でも似たものになってしまうよ。
 ましてや今夏の気候さ。当初の傘下団体の大半が花苗の育成に失敗した現実から、まさにサバイバル状態でスタートしたそうだよ。こうして審査を受けられただけでも立派だとさ。

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 親爺さん、帰りの電車の窓から振り返ると、昨日ほどではないけれど、久しぶりに千葉市の見慣れた夕空が、夕焼けに染まっていたとさ。
 

2018年10月 6日 (土)

花の美術館

 朝からはっきりしない空模様でね。散歩へも出なかったんだ。
今日は親爺さん、頼まれた仕事で千葉市へ出かけて行ったよ。先月はアタシが引き止めたから電車で行ったけれど、今朝は止める間もなく車でね。もうすぐ後期高齢者に入れられる歳なのに、危ういことだよ。

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 行き先は千葉市花の美術館だとさ。親爺さん、現役時代にその創立と初代館長を務めて、だから今も愛着ある施設なんだとさ。市がネーミングライツを売りに出して、今は親爺さんの知らぬ企業の名前が冠されているそうでね。けれど親爺さん、それを快く思っていないから、相変わらず元の名前で言い続けているんだとさ。
 それに今年度から指定管理者制度で、やはり見知らぬ企業が施設を含め公園全体を運営するようになったものだから、施設に知る人もいなくなってね。様子を見ながら恐る恐る入館したそうなんだ。

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 けれど施設に立って見回せば、勝手知ったるものでね。既に施設を離れて20数年経つのだけれど、まるで昨日まで見守っていたような親近感に満たされたそうなんだ。スタッフから見れば、まるで常連客のような知ったか振りする変な年寄り。そういう事だろうね。

 処で花の美術館を訪ねた用件なんだけれど、先月来取り組んでいる花壇コンクールの最終審査をするためだったとさ。
 先の24号台風の塩害について何度か触れているけれど、銚子ほどではないにしろ、東京湾の最奧に位置する公園に建つ施設だから、やはり潮風による塩害を受けていたそうでね、ことに屋外の花壇や植物にね、葉の茶褐色に変色している様子が観てとれたとさ。だから花壇コンクールに参加している街の花壇も、今日審査すれば、顔をしかめながら見て回る事態になっただろうね。

Img_7366  そんな事を予測していた訳では決してないけれど、今日は先月撮影した写真を見て、受賞作品と賞の冠、つまり千葉市長賞をどれにするかとかね。
 あらかじめ事務局が、審査員の評価点を集計して得点の多い順に並べていたので、話は簡単さ。上位から順に賞を付けていったんだとさ。

 ただし、親爺さん、授賞式の際、それぞれの作品を講評する役目を担っているそうだけれど、その講評について悩む事になったんだとさ。受賞作品は、今年の酷暑を乗り越えて審査に臨んでいるだけに、それを意識した評価が必要だけれど、一方、デザインや工夫という見方ではドングリの背比べなんだとさ。

 余談だけれど親爺さん、数年前まで続いていたガーデニングブームが、昨今勢いを失い始めているように感じるとさ。頻繁にテレビなどに顔を出したり、本を出版して名を知られ、親爺さんも知古あるガーデニング・デザイナーの女性達が、近頃はその消息を余り聞かなくなって、それに続く人たちが台頭していないように見えるそうでね。
 
 それが原因だとは思わないそうだけれど、時を同じくしているようだとさ。
 数年前、ガーデニングのカリスマのように注目を浴びていたアメリカの絵本作家、ターシャ・デューダ婆ちゃんが他界してしまって以来、そんな存在が不在なんだね。なにしろアタシと同じ犬種類を飼い、コーギーコテージと名付けたハウスを所有していた婆ちゃんの写真集故か、コーギー犬もセットなイメージが流行っていたんだよ。最近はペットショップでコーギー仲間を見かけることがないよ。

 カリスマ不在と言えば花の美術館の館長、親爺さんが表敬訪問しようとしたら館長職が空席なんだってね。それじゃ、船長のいない船のようじゃないか。

 

2018年9月26日 (水)

花壇コンクール(3)

 今朝から終日、北寄りの風が強く吹いているから、その所為だろうね。街行く人は殆どが上着を羽織っているよ。「年寄りには寒く感じるよ」って親爺さんがつぶやいていたよ。けれど毛皮を纏ったアタシには丁度良い気温でね。だから身体を動かしたくて、親爺さんを誘ってフリスビーを追っかけたんだ。長らく散歩程度で動かなかったからね、身体が重く感じるよ。太っているからだって、散歩中に出会った犬仲間が揶揄するんだ。

 今日は親爺さん、何度か外出を繰り返してはいたけれど、日課を淡々とこなしている様子でね。話題もないからと、先日来の花壇コンクールの話題を持ち出したよ。今回は個人の庭に花壇を設えて、コンクールに参加した例を紹介するとさ。

 前回も触れたけれど、公が花壇コンクールを主催する意図は、花壇が街の景観の向上に寄与すると考えられているからでね。その意図から、個人作品であれ団体作品であれ、街行く人の目に触れることが前提なんだとさ。けれどコンクールは来る者を拒まない。それが最初からの市の方針でね。
 今回の個人参加者の中には、住宅に囲まれて、しかも家族以外に公開する意図のない参加者もいることはいたそうなんだ。しかし花壇の出来を評価する中で、街の景観に対する貢献度の評価点は低くなるとさ。
 今回紹介する個人参加者の花壇は、一応の及第点が与えられる作品なんだとか。

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 この家の主人は、海外渡航歴が豊富なそうでね。お洒落なセンスのガーデニングだとさ。家を塀で囲む感覚を否定していたそうだよ。海外での見聞もあるけれど、実はあの3・11前にはブロック塀で庭を囲んでいたそうなんだ。けれどその街が液状化による被災でね、ブロック塀が倒れてしまったんだね。以来、住宅の再建にあたって、今回のようなオープンな庭を選択したそうなんだ。
 彼のガーデニングは向こう三軒両隣に少なからず影響を与えたように見受けられたそうでね。その一角はお洒落な雰囲気だったとさ。
 ところが主人曰く、お向かいの当主に助言を受けてのことだとか。つまり花壇づくりが個人の趣味趣向に留まらず、街づくりと近隣のコミュニケーションにも寄与しているんだとさ。

Img_7312   さて、こちらはね、審査で回った最後の家だそうでね。庭の外周に花を植えて、庭の中央部分はキッチンガーデン、つまり家庭菜園なんだとさ。道行く人の視線に入ることは入るけれど、正直、よくある花壇とは言えない設え方なんだそうだよ。けれど、キッチンガーデンと花壇を融合させる考えは、ある意味定型的花壇づくりのスタイルを超えるものでね。親爺さん、更なる展開に期待したいとさ。評価点は、現段階では高くはないそうだよ。

 作品の紹介は、来月にも続けるそうだけれど、月初めに審査会合が開かれる予定でね。そこで他の審査員の評価とも突き合わせて最終結果がだされるとさ。
 

2018年9月17日 (月)

花壇コンクール(2)

  日曜日の今日、日の出は海上の雲に遮られてしまったけれど、夕方まで適度な陽射しと涼しい北寄りの風が吹いて、快適な一日だったよ。
 家族も皆家にいたよ。アタシはもっぱら玄関で狛犬をやっていたんだ。時折親爺さんやケンニャン達と家の前でフリスビーを追っかけて、楽しく遊んだよ。ただ、コーチャンが最近、アタシに触りたがって、それこそ抱きつかんばかりに近寄ってくるものだから、それに閉口しているんだ。どうやらアタシを猫だと思っている節があってね。親爺さんに”何とかしてよ”って訴えているんだけれどね。
 まあ、今日は特段話題もないから・・・。

  親爺さん、今、気がついたよ。
 
 今日は月曜日だ。危ない処だったとさ。水曜日には運転免許更新のための高齢者講習の受講予約がしてあったから、曜日がヅレていたら困った事態になる処だったとさ。まあ、気がついてよかったけれど、明後日も認知症検査が含まれていたよね。「今日は何月何日何曜日・・・」なんて質問されるかもしれないよ。

 老人の物忘れついでに、だから今回は老人ホームの花壇を紹介するよ。
親爺さん、審査とはいえ老人ホームなる施設に足を踏み入れたのは初めてなんだとさ。一ヶ所は普通の老人ホーム、もう一ヶ所は介護特別老人ホーム。確かその筈だって。いずれも病院経営を主体とする医療法人が運営しているそうなんだ。

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 この老人ホームの場合は、入所者の活動プログラムに花壇づくりを組み込んで、それぞれの作業ができる人だけを集めてね。例えば種を蒔く作業、水を遣る作業。そしてポットに発芽苗を植え込む作業と。
 親爺さんが見せられた写真には、テーブルを囲んでポットに土を入れる様子を、介護士の指導でやっているシーンが写っていたとさ。
 そして出来上がった花苗を花壇に植え込む作業は、施設の職員と入所者の家族。学校で言えばPTAにあたるのかしらね。その人達が共同で取り組んだそうなんだ。この施設の場合、花壇を施設外周道路の傍に設えて、近隣の住民や通過する人達に、ある意味、老人ホームのネガティブなイメージの払拭と、企業イメージの向上を狙ったんだね。親爺さん、それも有りだと、比較的良い評価をしたとさ。

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 もう一ヶ所、介護老人ホームはね、自力では身の回りの事が出来ない人達が入所しているそうでね。花壇づくりはほとんど全て、施設の職員の手によるとさ。
 この施設、外の植え込みや玄関周りは雑草が茂って、手入れが届いていなかったとさ。
 「私の親がここではないけれど、入所しているんですよ」。審査に同行した市職員の一人がね、ポツリと呟いたとさ。「見る処、施設職員はギリギリの人数で、入所者の世話で手一杯。周りの雑草取りなど無理な様子ですよ」。成る程ね。
 それで花壇づくりなどできるのかしらね。
親爺さん、建物の中庭に案内されてね。その中庭の中央に設えられていたんだとさ。
 「この花壇は入所者がどこからでも眺めることができるようにと配慮しました。

 多忙な業務の合間に携わったそうでね。今年の夏の暑さでかなりダメージを受けて、狙い通りにはできなかったそうなんだ。それでも、取り組んだ職員同士、話し合って花壇をデザインしたそうだけれど、「楽しかったです」とさ。

 前者と違って、施設外にアピールする意識はなくて、あくまで入所者の慰めになれば、ということなんだね。けれどそう考えた自分たちにも、気分転換の役にたったのだとか。

 親爺さん、初めて踏み込んだ老人施設で、いろいろ考えさせられたそうだよ。

2018年9月15日 (土)

花壇コンクール

 狂い咲きと言えばそうなんだね。けれど一本二本の狂い咲きじゃあないよ。しかも若葉まで出て来ちゃあね。やはり今年の夏の暑さが影響しているんだろうか?。
 先日も紹介した、アタシの散歩コースにある桜並木の現状さ。

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 夏の暑さと言えば、親爺さんが引き受けた千葉市の花壇コンクール審査でも、ほとんどの参加者が異口同音に口にしたのがこの夏の暑さのことでね。皆はひたすら水遣りに予想外の労力を費やしたとか。なにしろ土の乾きが予想を超えたとかでね。参加団体は、メンバーが交代で水遣りに従事したそうだよ。だから何とか凌げたんだとか。そうでなく単独の参加者は、もうこりごりだと話していたとか。

 今年の参加は40グループを超えたんだとさ。けれど現地審査で回ったのは27ケ所だとさ。このコンクールは種から花壇づくり迄。参加者の三分の一近くが苗の生育に失敗してしまったんだね。
 実は親爺さん自身、審査員の役割を引き受けた段階で、皆と同じく庭に種を蒔いてね、花苗づくりを試みてね。だから審査までたどり着けなかった人達の苦労や理由には想像つくとさ。もっともアタシんちの場合は、ダンゴムシに発芽苗を食べられてしまったんだけれどね。残ったのはマリーゴールドが数株のみさ。

 審査の要件が大雑把に幾つかあって、先ずは育苗の巧拙について。次に花壇の見栄え。そして花壇づくりの社会性。
 最初の育苗については、予め配られた種を蒔いて、花苗まで育てるのだから、園芸知識や経験に加えて、今年のような気候下じゃあ水遣りなど、手分けできるチームワークが要になったんだとさ。
 今日は、そのチームワークにポイントを当てて事例を幾つか紹介するとさ。

先ずは街の園芸愛好者グループの作品だとさ。

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  このグループは、種の播種や育苗をメンバーが分担して自宅で管理して、ある程度見栄えの良い花苗を選別して花壇に持ち込んだんだとさ。花壇の背景や根際の修景は、通年のグループ活動の舞台として設えてあるので、そこに花苗をはめ込むだけなんだとさ。とても見栄えよく出来ている反面、昨年と代わり映えしないという意味では、審査は花苗の出来不出来に目が向いてしまうとさ。

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  前者同様、公民館の園芸活動グループの作品なんだけれど、取り組み自体は前者と似ている。けれど前者がほぼ開花直前の花苗を花壇に持ち込むのに対して、このグループは、未だ若い苗をこの場所で育成する方法でね。生憎なことに、花壇の土壌条件が良くなくて、つまり土作りに対する努力がイマイチでね。

 今回のコンクールでは、前者のように苗の育成と花壇づくりを、ステージを分けて取り組む事例と、発芽苗を花壇予定地で育苗して、そのままの結果を花壇と見做す。 その場合、前者のような予め練られた花壇デザインはないに等しいんだとさ。そんな取り組み姿勢の違いがあって、前者は少数派でね。要は、花壇に対する考え方なんだとさ。花壇を作品発表の場と考え、育苗は裏舞台でおこなう。植物園や公園などはこの考え方で運営管理されているそうなんだ。
 一方、後者は園芸好きな家人が庭に苗を植え、成長を楽しむ。そんな感覚での取り組みなんだね。ガーデニングと、ホーティカルチャー(園芸)の違いと親爺さんは言ってるよ。どちらにしても、花苗の出来が結果を左右する事に違いはないけれど、単年度で審査すれば前者がより勝負強いかもね。

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 これは中学校の作品でね。
学校の部活動の園芸サークルが、プランターに種を蒔いて育てて、そのプランターのまま、自分たちの学校区のロケーションを表すように並べたと言うんだ。花見川という人工河川を挟んで左右に学校区が繋がっているそうでね。右寄りの白い葉の部分が河を表すそうなんだ。

 今回紹介した事例は、花壇づくりの狙いが異なるので、審査は共通できる要素でのみ評価することになってね。今年の場合、共通要素と言えるのは花苗の成長具合なんだね。この夏の暑さで育苗に失敗した参加者の多さを見れば、先づは良く出来た方だとさ。

 最後の花壇づくりの社会性という面。花壇という存在は、街の景観づくりに寄与する存在と考える視点があって、公がイベントを主催する場合の大半はその視点に立つ施策なんだとさ。だから花に関わるイベントとは言え余り個人的趣味の分野には入り込まないと言うんだ。例えば、バラや菊花の作品コンクールなどは観光行政で取り扱っても、都市行政では取り扱わないとさ。
 この花壇コンクールも、グループ活動としての取り組みや、趣旨に共感する近隣住民の協業など。そして街の景観への寄与の度合いを評価の視点にするそうなんだ。その意味では、今回紹介した事例は一応の条件は満たしているんだとさ。事例紹介は更に続くとさ。

2018年8月12日 (日)

井戸

 昨日に引き続いて今日もケンニャン家族は海水浴へ出かけてしまい、アタシは親爺さんと母さんの御相手です。ここ数日、妙に上機嫌だと思ったら、今朝は突然、実家の墓参に行くと言いだして、親爺さんを困らせているよ。足腰が不自由で階段の上り下りに時間が掛かるし、30m歩いて数分立ち止まるような状態でね。とても一人では出せないんだ。何とか思いとどまらせようとね。

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 さて、世間様はお盆休みになって、市内も閑散としているんだ。特段、話題もないので、数日前に下書きした話題を持ち出すよ。 

  先日の教員免許更新講習での一コマで、一人の参加者が親爺さんに話しかけてきたそうだよ。「今日の話では井戸について触れませんでしたね」と。
 汚れた水さえ利用しなければならない状況は容易に発生する。その際、ろ過して利用する必要があるのだけれど、今回の講習で親爺さん、風呂の残り湯を利用した体験を話したそうでね。ろ過するための工夫にも触れたとさ。それに対しての話掛けなんだね。

 3.11で親爺さんが見聞し、自ら利用したのは確かに井戸水なんだとさ。公園の一隅に展示されていた古民家の庭先に、浅井戸も又展示され、手漕ぎポンプが備えられていてね、それを動かしてバケツに水を満たしたというんだ。
 水道が一月近く断水していた周辺の街では、地元っ子の農家などに、その時には水道に置き換わって使われてなくなった浅井戸や、収穫物を洗うために使用中の井戸があって、それが向こう三軒両隣の水源になっていたんだとさ。
 公園自体にも駆動中の数本の深井戸があって、電力が回復した後、その汲み上げ水を周辺の市民や商店に提供したとさ。例えばガーデニングセンターなどは、展示販売向けの植物の維持に、毎日タンクローリー数台分の水をもらいに来たそうなんだ。

 現役時代、親爺さんは公園の滝や池の水源として数本の井戸掘削を設計したり、イベントのパフォーマンスで、竹で組み立てたホィールと人力だけで掘る上総掘りチームを誘致したこともあってね、子供の頃の手伝いは、毎朝井戸水を組み上げて、それをシュロの葉と砂を敷き詰めた濾過樽に入れる事だったとさ。馴染みはあるんだね。
 3・11の後、庭に浅井戸を掘る考えを家族で話題にしたけれど、何となくウヤムヤになったとさ。
 人口減少期のコンパクトシティ化というこれからの街づくり改革は、水道や下水などの公共施設維持を人口集中地域に集約する事が鍵でね、言い換えれば過疎地や田舎は生活基盤を自助自力で賄え。そういうことなんだとさ。
 
 そんな方向で観れば、井戸は再評価される方向なんだね。
けれどね、アタシんちは利根川際だから地下水位は高い。数mも掘れば水が湧き上がってくるような立地でね。だから基礎を嵩上げしているのだけれど、井戸水は確実に出る。問題は水質に自信が持てないそうなんだ。利根川の河水が滲んでいるような地層から組み上げれば、塩分濃度の高い井戸水になるだろうとさ。

 銚子市内も緑の森が広がっていた頃は、きっと良い水が出ただろうけれど、畜産業が盛んになって、その糞尿処理が不十分だったり、その堆肥を畑地に施肥する農業で地下水の汚染度が進んでいるから、井戸はともかく、パーソナルユースでの水濾過を真剣に考える必要があるね。

 講座で、そう言った話もできれば親爺さんの不完全燃焼も多少は、緩和されたかもしれないね。

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2018年8月 7日 (火)

講習

 朝から再三、台風13号の備えを促す広報無線放送が街に流れているよ。銚子市の場合、希望した家庭には緊急放送バンドが予めプリセットされた、ポータブルラジオが数千円で提供されているから、聞き取りにくい屋外の放送を補ってくれるんだ。大抵の広報は、警察がらみの行方不明者探しや振込詐欺の予防啓発なんだ。後は地震情報や気象警報などが主でね。重宝する存在だよ。

 台風の備えと言ってもできる事は雨戸を閉めたり、屋外の飛びやすい物を抑えたりする程度でね。それ以上にできる事は無いよ。否、実際は考えればあるよ。けれど、まあこの程度で良いだろう的に妥協してしまうんだ。
 昨日も親爺さん、そんな妥協が命取りになるなんて、親爺さんの防災行動から観れば風上にも置けないことを話したらしいよ。

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 昨日と言うのは、親爺さんが関わっていたキャンプ場で実施した防災デイキャンプでのことでね。
 教員免許所持者で教壇に立っている人は、数年前から決められた一定の年齢になると、義務的に免許更新講習の受講が義務になっているそうでね。親爺さんが今年の暮れに更新しなければならない自動車運転免許と同じ趣旨だとさ。

 この義務については、アタシんちの若い衆は一昨年受講してね。当事者には評判の悪い制度だとさ。親爺さん、運転免許は最初からそういう制度があったけれど、海技免許などは後からできた制度でね。それ以前から船に乗っていた人達の反発や評価は散々だったそうだよ。あれから40年近く経って、今では制度に反旗を掲げる人を見かける事はないとさ。制度ができてしまった後では、先ずは制度に合わせて免許取得して、クレームはその後で・・・という論がてい着してしまうんだね。教員免許更新講習も、ベテラン教師が講習受講を失念したり怠って、免職になるケースも散見されると、今ではコンサートのチケット並みの予約取りに走っているとさ。

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 今回、親爺さんが担ったのは通算三日間のコース講座の一部だけれど、このコースに限って言えば、30分で定員を超えたそうなんだ。評判が良いから・・・そう思いたいけれど、ウチの若い衆に言わせれば色々背景はある様子だよ。
 受講者の構成が昨年までは中学校教員が多かったけれど、今年は保育園から高等学校教員まで幅が広がったとかでね。これも聞くところ、年次によって採用数に変動があって、これから数年は、中学校教員の採用が絞り込まれた、そのサイクルにあるそうでね。だから中学校教員の申し込みが少なかったんだね。

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 親爺さんが関わったこの講習コースは、主に防災意識啓発プログラムなんだそうでね、キャンプ場ではお馴染みの”火”と”水”と”食”がテーマだとさ。
 親爺さんには相変わらずの見慣れた光景が繰り広げられた講座だけれど、正直言って、何か不完全燃焼というか、意図の伝達に言葉足らずというか、もう少しなんとかならないかという思いが、今回も残ったそうだよ。

 夜になって風雨波浪警報が出たよ。親爺さんがハンディ風速計で測ったら、瞬間10m弱、平均5m/secの北風だとさ。家のあちこちが唸っているよ。

2018年7月13日 (金)

市民活動の内実

 「採択されましたよ。どうなることかと気を揉んだんですがね」。
親爺さんの活動仲間で、街の花壇づくりに尽力している元お巡りさんがね、親爺さんに話したそうなんだ。
  今日は親爺さん、母さんと旭市の海岸にあるレストランに昼食を摂りに出かけたそうでね。3・11の津波で施設に大きなダメージを受けてね、しばらく機能休止状態だった旭市の施設なんだけれど、市民の要望で修復され、今ではホテルとレストランが営業しているんだとさ。親爺さんが取り組んでいたワークショップと同様に、指定管理者制度による営業復活なんだけれど、事態は厳しいらしくてね。
 
 お風呂の番頭さんプロジェクトでの食事処運営の取り組み経験から、そのレストラン運営の舞台裏が透けて見えるようになってしまった親爺さん、値段相応と観るにはお粗末。けれどそれ以上に何ができるかと言えば、しかたないかなと。
 食事を済ませた親爺さん、そのレストランとは壁一つ隔てたフロワーに3・11震災の被災を証しする資料が展示されていて、その館長さんである元お巡りさんと話を交わしたんだね。元お巡りさんがリーダーを務めるプロジェクトは、旭市を花で元気づけようという趣旨でね、街角花壇づくりを地元の中高生や自治会参加で進めているんだとさ。
 その活動の原点は、旭市の円卓会議にあって、親爺さんが昨日出席したNPOの取り組む複数のプロジェクトの一つだったんだ。だったという過去形の表現は、今はNPO組織と袂を分かって独自に活動しているんだとさ。

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 NPOと袂を分かったプロジェクトは他にもあってね、いずれも活動資金の調達で齟齬をきたしてね。
 市民の活動は助成金頼み。親爺さんが取り組んでいるプロジェクトもそうなんだ。
けれど大半の助成金の採択基準は、事業の直接経費のみでね。助成金を申請したり、清算する、細かすぎる程の事務労働にかかる経費は助成対象から外されるんだ。その部分を担ったNPO事務局は、その費用を抱えて途方に暮れてね。だから、夫々のプロジェクトに工面を求めるけれど・・・。
 件の元お巡りさんが取り組む花プロジェクトも、今はNPO事務局から離れ、お巡りさん自身でキーボードを叩いて事業申請するようになって、慣れない事務に四苦八苦してようやく採択にこぎつけたという訳てね。喜びも一塩なんだとさ。
 親爺さんが知る限り、市民活動は様々に展開されているけれど、それに参加している顔ぶれは重なり合っているそうでね。市民の総数から見れば一握りの市民が、いろいろなプロジェクトから参加を求められて、今日はこのプロジェクト、明日はあのプロジェクトという具合にね。親爺さんしかりだよ。
 だから親爺さん、昨日参加したNPO総会から分離したプロジェクトにも顔を出して、事業費が助成対象に採択されたことを、元お巡りさんと共に喜んでいるんだとさ。
 
 今日は久方ぶりに夕焼けが綺麗でね。7時半頃になっても西の空が朱色に染まっていたよ。
 
 

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